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第2章 数の文化と論理(最終第7節)

(このページは「第4節~第6節」の続きです。)

7 「0の文化」の狩猟採集民
① 文明から隔絶された社会
 ここまで、「1」から「5」の文化をみてきたが、それぞれ異質と言えるほどに、その文化に大きな違いがある。しかし、世界には、これらのどれにも決して属さない、さらに違いが甚だしい文化がある。それは「0の文化」の狩猟採集民である。
 農耕・牧畜が始まったのは、中東においては1万年以上前、中国華南でも同様の時期と考えられ、人口の増加とともに、これが順次世界的に広がりを見せ、狩猟採集生活は、古代文明の発生とともに順次姿を消していったようである。
 これは、地球環境の気候変化と密接な関係があり、そこのところを安田喜憲氏の著書「環境考古学のすすめ」の中から要点を示そう。

 15,000年前に氷河期が終わり、地球は現在まで続く間氷期に入った。植物資源が豊かになり、人の生息域も広がった。
 ところが、12,800年前に北大西洋を中心に全世界に寒の戻り「ヤンガー・ドリアス」が突如として襲った。これは、約1,000年間も続き、一度豊かになった植物資源が打撃を受け、食糧確保のために、この時期に農耕・牧畜が始まったのである。
 そして、9,000年前から地球は今よりも年間平均気温が2~3度も高い「ヒプシサーマル」期を迎えた。これにより、サハラは一面の草原となり、一部には森林も生い茂った。植物資源、動物資源ともに豊かさを増し、人口も増加した。
 その「ヒプシサーマル」も6,300年前に終わりを告げた。寒冷期の到来であり、サハラは再び砂漠に戻り、中東も乾燥化が進んだ。これらの地域では植物資源、動物資源ともに大幅に減少し、人類史上初めての本格的かつ大規模な飢餓が訪れたのである。
 ここに、古代文明が発生し、灌漑農業と各種動物の本格的な家畜化が始まったのである。その後も、地球は小規模な温暖化と寒冷化を繰り返し、現在に至っている。
 なお、温暖化・寒冷化と湿潤化・乾燥化とは、地球全体のトータルでは相関するものの、個々の地域については、赤道西風などの気流の位置変化に大きく左右されて相関しない。
 特に中緯度地帯はそれが顕著なものとなり、農産物、畜産物の生産に大きな影響を与え、寒冷化や乾燥化が激しい地域は、その度に農業技術が発達し、そして森林が農地や牧草地に変わり、文明が高度化していくという歴史を刻んできた。(引用要約ここまで)

 こうした農耕や牧畜そして文明の高度化と無縁な地域が今でもあり、そこでは従前の狩猟採集生活が現在でも続けられている。それは、気候変動をほとんど経験しない熱帯や寒帯にほぼ集中しているが、熱帯の多くの地域はプランテーション農業化され、寒帯では先進欧米諸国の同化政策が進み、狩猟採集生活を続ける民族は現在では極めて少なくなってきており、また、文明社会との接触が頻繁に発生し、その文化も大きく変容してきている。
 でも、そうした社会には、1万年以上前の世界中が狩猟採集しかしていなかった時代の文化が、部分的にではあろうが、今でも色濃く残っていると思われる。その文化には、今までに紹介したような文明社会のものとは全く異なる論理が働いており、我々現代人には、極めて新鮮で実に興味深いものが数多くあるので、それらを幾つか紹介することとしよう。

② 純粋贈与の思想
 我々は、他人から物を入手する場合、交換または贈与のいずれかの方法をとる。まず、交換であるが、人の思考に次のような「2項論理」(ロゴスの論理)が働いて、それが行われる。
 「物」には当然に私的所有権があると考え、欲しい物があれば、交換を通して手に入れようとする。その場合、自分の所有しているAという物のa数量を、他人が所有するBという物のb数量と交換することになる。AとBの価値は数量化されていて、「A×a=B×b」が成り立って交換が成立する。もっとも、今日では、物に価格を定め、「A×a=C」とし、金銭Cで交換する。
 この交換の場合においては、当然にして「A≠B」で、2つの物は「非対称」であり、同質ではない。これは、コンピュータを作動させるときの「2項操作」と同じ「2項論理」の思考によるものであり、我々が通常働かせている論理である「非対称性の論理」の典型的なものである。
 こうした単なる交換の場合においては、物を介しての人格的な絆は生まれず、至ってクールなものとなる。
 もう一つの方法として、贈り物という贈与によって物を入手することがある。贈与の場合は、交換とは異なった思考が働き始めるのであるが、中沢新一氏の著書「対称性人類学」の中から、それを要約して紹介しよう。

 贈与によって受け取ったその物には、その物の使用価値以外に、信用、名誉、愛情などの様々な多次元的な価値が付着しており、また、それらの価値が圧縮されたりしていて、これは貨幣価値に換算できるものではない。
 贈与は、物を媒介にして、人と人を結び付ける働きをするので、昔の人は「贈り物には贈る人の魂が付着している」からとして、ゆめおろそかな気持ちで贈り物をあげなかったし、また、受け取りもしなかった。
 この贈与がうまくいくと、昔の人が「贈与の輪が動くときに霊力が動く」と言ったように、互いのこころは幸福な感情をかきたてられて、人と人の間に密接な一体感が生まれる。
 この贈与は、「2項論理」とは異なったもので、本質的な面で、「人A=人B」という非対称なものを同質化する「対称性の論理」と深く結び付いている。
 太古の昔には、交換と贈与の比率が現在よりも贈与に大きく傾いていたであろうから、通常の贈与を超えた、一切の見返りを要求しない「純粋贈与」というものも持ち合わせていた。
 そうしたこころが日常的に強かったであろうから、狩猟採集民の神話には、次のような内容のものが多いし、それを信ずる人も多い。
 「人が動物の住む洞窟なり穴に入り込むと、そこには人と同じ姿をした動物の霊が住んでおり、人を手厚くもてなしてくれる。その霊やそこに入り込んだ人が、その動物の外套を着て人間世界に出て行くと、その動物の姿になってしまい、その動物が自分の命を差し出すようにして、猟師の前に現われる」というものである。
 こうした神話を信ずる猟師たちが、獲物に出会ったときに、動物が命を差し出すような仕草をして容易に獲物を獲たという実体験をすると、「ああ、この動物は、腹を空かして困っている人間たちを救うために、こうして命を投げ出してくれているのだなあ。何と気高いこころを持った生き物ではないか。」と、考えるのである。
 ここには、「人間=動物」という、非対称なものを同質化する「対称性の論理」が働いているのである。
 こうした認識が生ずるのは、人間と動物の間に同質の本質が共有されているからであろう。そして、これにより、動物の乱獲を抑える歯止めが人のこころの中に厳然として存在し、偉大なる働きを行っているのであって、彼らの社会には、自然に対する畏敬の念がしっかりと持ち合わされているのである。
 なお、筆者(中沢氏)がチベットの修行僧たちに同行して経験したことであるが、彼らは、市場へ山羊の肉を買いに行くときは暗いうちに出かけて、屠殺の全てに立ち会う。買い求めるその山羊は輪廻転生しており、自分の母であり兄弟であった者の生まれ変わりであると考え、その場で慈悲のこころを養う修行をするのである。つまり、修行僧たちは、「人間=山羊」という「対称性の論理」を働かせようとするのである。
(小生の補足:これは仏教において根強いものがあり、人間と動物を逆にした話もある。ネパールにあるナーモ・ブッダという釈迦の聖地は、釈迦が釈迦の前世において、腹を空かした雌の虎に自分の命を投げ与えた場所とされている。)
 こうした純粋贈与の思想は、「人A=人B」、「人間=動物」、「動物a=動物b」という「対称性の論理」を展開することによって、自己と他者の区別までなくしてしまう。
 そして、この思考が高まりをみせると、部分(自己)と全体(あらゆる生き物)は一体であるという直感認識が、自然発生的に行われるようになるのである。(要約引用ここまで)

 こうした「対称性の論理」の展開は、我々にはとても奇異に感じられ、こうしたものは宗教的な考え方であって、非科学的であり、このような思考の産物は、大自然の真理・法則から外れた、間違ったものであると思ってしまう。
 しかし、すでに紹介したように、アインシュタインは、「物質≠エネルギー」という異質な「非対称なもの」として皆が考えていたものを、「物質=エネルギー」という同質な「対称的なもの」として思考して相対性理論を発見したのである。また、のちほど詳しく紹介する「部分と全体は一致する」という思考が、ミクロの世界を解明しようとする量子物理学を生んだのである。
 従って、こうした思考が、大自然の真理・法則をも解き明かしてくれるのであって、これは、自然科学においても決して間違ったものではなく、つとめて正常な思考方法なのである。

 さて、最近は「人は自然によって生かされている」という言葉がよく使われるようになったが、この言葉は、本質的には神話や仏教思想にみられるような、純粋贈与の思想から展開される「対称性の論理」の思考による直感認識から生じたものであろう。
 一方、近年の環境問題において、環境破壊による多くの種の絶滅により、人間の生息が脅かされるようになって、自然環境を守らなくてはだめだという機運から、この言葉が使われることがある。
 しかし、これは「2項論理」による思考からの帰着であり、理屈によって理解しようとして意識を働かせた結果であって、無意識のもとで生まれた直感認識による感情とは全く異にするものである。
 従って、理屈による理解の場合は、過剰に生息する生き物であったり飼育や栽培によって得られた生き物は、思う存分食べてよいという考えになってしまうのに対し、直感認識による理解の場合は、過剰や希少の区別なり飼育や栽培の有無にかかわらず、全ての生き物を敬ってとり、敬って食べるのである。
 このように、「2項論理」という「非対称性の論理」から生ずる理屈と、「対称性の論理」である直感認識とでは、本質的に全く異なった理解の仕方がなされているのである。
 人の本質として、こうした直感認識があるか否かについては、見解の分かれるところではあるが、自然との共生については、原初は霊で、次に数々の自然神で、その後の仏教では慈悲のこころで、これを守ろうとしてきたという歴史的経緯を鑑みると、文明の進展とともに「非対称性の論理」が幅を利かせてきて、それを抑制しようとして、霊、神々、慈悲のこころといった「思想」を高度化させ、直感認識の足らず前を補ってきたのではなかろうか。
 このように考えると、人の本質は、直感認識で支えられていると思われ、それなくしては、まともには生きていけないであろう。
 高度文明社会にあっては、ますます「非対称性の論理」がのさばってきており、それを抑制するための、より高度な「思想」が求められるのであるが、現代は仏教「思想」さえ、ないがしろにされる危機的状態にあり、将来が危惧される状況にある。
 こうした中においても、人々は創意工夫をこらして、果敢に新たな「思想」を生み出そうとしているし、また、既存の「思想」の復権を成し遂げようとしている。その一例を紹介しよう。

③ 明治に生まれた純粋贈与思想
 日本には素晴らしい思想文化がある。食事のときに、食卓に並んだ「生き物」に対して「いただきます。ごちそうさまでした。」と、敬いの言葉を発する。これは唯一日本だけの文化である。世界に誇れる文化である。今日にあっても、我々は、この言葉を理屈で発しているわけではなく、直感認識によって発していることであろう。
 この言葉は江戸時代まではなくて、明治になって初めて生まれた。誰が、どこで、なぜ作ったのかは明らかでないが、「対称性の論理」を働かせようとする意図がここにはある。
 これは、きっと、開国による欧米の「2の文化」の流入により、彼らが持ち込んだ「食べ物を単なる栄養としてしか見ない」という風潮に対する反発、そして、日本人もいずれそのように考えてしまうようになる、という危機感から生まれ出たと思われるのである。
 そこで、従前からあった「もったいない」という観念、これを拡張させることにしたのであろう。なお、この言葉は、そもそもは仏教用語で意味を異にするものの、これに日本固有の生き物を敬う多神教の文化を融合させて出来上がった、これも、世界に誇れる日本特有の素晴らしい言葉であり、今、この言葉は国際化しつつある。
 そして、この「もったいない」という観念を、食事のたびに食卓の生き物に対しても直接的に投げかけようとして、「いただきます。ごちそうさまでした。」という言葉を登場させたと思われるのである。
 今日、この文化は定着し切っているのであるからして、我々は、この敬いの言葉を発し続ける中で、「人は自然によって生かされている」ことを直感認識できるのであろう。
 明治初期に、誰かが「いただきます。ごちそうさまでした。」という言葉を発した。それが短期間に全国に広まったようであるから、発信元は軍隊か学校のいずれかしか考えられない。そこに、実に立派な、それもたぶん身分の低い方であったであろう、無名な誰かがいたのである。我々はその方に敬意を表しつつ、永久にこの文化を守り通さねばならない義務がある。
 随分と偉そうなことを言ったが、そういう小生も、数年前までは「いただきます。ごちそうさま。」という言葉を言ったり言わなかったり、言ったとしても単なる挨拶言葉でしかなかった。
 それが、農業に勤しむようになって、植物から幾つか教えられるものがあった。そうした中から真摯な気持ちで食卓に向かえるようになり、「いただきます。ごちそうさま。」という言葉が、自然と口から出るようになったのである。
 蛇足ながら、そのときに合掌するか否かであるが、当初は迷って合掌したりしなかったりであった。今は軽く会釈するだけである。そのときのこころが重要であって、儀式はどうでもいいのである。
 理屈を言えば、仏教から出た言葉ではないのだから合掌する必要はないし、神道から出た言葉でもないので拍手を打つ必要もない。自分にとって最も真摯な気持ちになれる型であればよいのであり、ここは無意識の自己に従うのが一番よい方法であろう。
 こうした直感認識がまだ醸成されていない方には、食卓に向かうときに、食べ物そのものに対して、どれだけかでも感謝の気持ちを抱いていただきたい。
 親戚の法事の宴席で、ご住職が分かりやすくこうおっしゃった。「我々は、この生き物をとってくれたり、運んでくれたり、店先に並べてくれた人たちには銭を払うが、この生き物そのものに対しては1銭も払っていない。それをうまいうまいと言って、口の中で皆殺しにして食べてしまう。あまりに申し訳ないではないか。食卓に並んだ生き物に対して感謝する、その気持ちを我々は忘れてはならないだろう。」
 あなたは、このご住職の言葉をどのように受け止められますか。食べ物となった生き物が、純粋贈与でもって、これを食べる人間を生かしてくれていると、おっしゃっておられるのです。
 「いただきます。ごちそうさまでした。」という言葉を、生き物に対する感謝の気持ちを持って繰り返し発し続けるならば、誰でも純粋贈与を直感認識できるようになることでしょう。
 これは「対称性の論理」を働かせる第一歩になり、第二歩、第三歩へと、容易に歩を進める突破口になるに違いない。皆さんに、是非とも今日から実行していただきたいことである。

④ 部分が全体であり、全体が部分であるとする思想
 部分と全体は一体であるという論理を、人が食べてしまう生き物について純粋贈与の思想から説明してきたが、これは食べ物に限ったものではなく、全ての事物に展開され得るものである。
 さらに、部分が全体であれば、その逆もまた真なりであり、全体も部分となる。そのあたりを、引き続き中沢新一氏の著書「対称性人類学」の中から要約して紹介しよう。

 狩猟採集民のみならず、成人儀礼を行う民族は多い。その儀式の中で、クワキュツル族のハマツァの儀式は興味深い。
 若者は、バフバクアラヌスィイェという、とてつもない強力な人食いの怪物によって、食べられてしまう体験を経なければならない。この怪物は、表象不可能な、ありとあらゆる物を呑み込んでしまう「無」であるとされている。
 その体験をした後、表象不可能なものを背後に抱えた衝立のその中央にくり抜かれた穴から、若者がまるで宇宙的な体内から第二の誕生を果たすかのようにして、ハップ、ハップと叫び踊りながら出現するのである。
 これは何を意味するか。
 自己という有限な部分が、怪物という宇宙の全体性に呑み込まれて同化し、そして、宇宙の全体性の中から、新たな自己という有限な部分が誕生することであり、「部分が全体であり、全体が部分である」ことを意味していよう。
 仏教の華厳経においても、「菩提の求めるこころを発するならば、微小な世界がすなわち大世界であり、大世界がすなわち微小な世界であることが分かるのである。…仏の一毛穴のなかには一切世界が入り、一切世界を見ることは、仏の一毛穴で知ることである。」と言っている。
 これも「部分が全体であり、全体が部分である」し、「部分と全体は一致する」ことを言っていると見て間違いなかろう。
 こうした「対称性の論理」である「部分と全体は一致する」という思考方法は、甚だ奇異なものと感じられるが、20世紀初頭に量子論を打ち立てたハイゼンベルグは、そのような思考が、物質の神秘を解く鍵を握っていると言っている。量子論は決して「ロゴスの論理」では発見できなかった理論である。(要約引用ここまで)

 我々には「部分と全体は一致する」ことを理解するのは、なかなか容易なことではない。例えば、一輪の花と全宇宙が一致するとは、とても考えられないからである。
 そこで、数学の論理から助け舟を出してもらい、そういうことも有り得るということをここで説明しよう。
 1、2、3、4と数えられる自然数をどこまで数えていっても切りがなく、自然数は無限大にある。その自然数の中に、2、4、6、8…と、一つ飛びに数えていく偶数というものがある。我々は「偶数は部分であり、自然数は全体である」と思い込んでいるが、数学では決してそうならないのである。
 自然数を最初の行に、偶数を次の行に、倍数表示して並べて比較してみよう。
  (自然数) 1×1  1×2  1×3  1×4  ……  ……
  (偶 数)  2×1  2×2  2×3  2×4  ……  ……
 このように、無限に続く数字は、1対1に対応してしまい、自然数と偶数は同じ数だけ存在し、「部分(偶数)と全体(自然数)は一致する」のである。1億の倍数も同様に並べてみよう。
        1億×1 1億×2 1億×3 1億×4 ……  ……
 これも偶数と同様に自然数と1対1に対応して、自然数と同じ数だけ存在し、「部分と全体は一致する」のである。
 そして、もう一つ言えるのが、逆の「全体は部分と一致する」ということである。自然数、偶数、奇数、1億の倍数といった様々な数の並びを「全体」とすると、自然数は「部分」になるが、この「全体」を構成する数は、1、2、3、4…と無限に続く自然数を超えることはないからである。
 数学において、無限という数は、このような振る舞いをするのであり、これは決してペテンではなく、ちゃんと証明されている。
 第6節で紹介したとおり、華厳宗の特徴は「一輪の花のなかにも無限の生命が躍動している」というものであり、その華厳経の中で謳っている「一輪の花」のような「微小な世界」なるものであっても「無限の数の<もの>」で構成されているのであるから、「微小な世界がすなわち大世界であり、大世界がすなわち微小な世界である」というのは、数学の論理からして正しいことなのである。
 インドで生まれた華厳経であり、インドは古くから数学が発達していたところであるから、その当時にすでに数学の無限の性質を知っていて、このような考えに至ったのかどうかは知る由もないが、華厳経は実に美しい哲学であると共鳴させられてしまう。
 なお、「部分と全体は一致する」という捉え方は、ここに紹介した以外にも数多くあって、古今東西にわたり人の精神に普遍的に存在することは確かなようである。

⑤ 「1の文化、2の文化」を否定する思想
 次に、人の本性として、「ロゴスの論理」の典型である「2項論理」を拒否するこころがあることを、引き続き中沢新一氏の著書「対称性人類学」の中から要約して紹介しよう。

 「2項操作」(「2項論理」)や贈与なき交換に支配されると、人間関係の煩わしさはなくなるものの、社会は殺伐とした雰囲気で包まれることになってしまう。
 中央アフリカのレレ族は、この地域のバンツー系部族の御多分に洩れず、明快きわまりない「2項操作」により、ありとあらゆるものを2分類し、その区別を口やかましく言って、彼らの社会秩序を組み立てているのであるが、成人儀礼の儀式では全く逆の行いをする。
 彼らの社会では、どの動物分類にも入れられない唯一の例外があり、それはアリクイである。アリクイは、哺乳動物でありながら、魚のような鱗を持ち、蛇のようにくるくるっと体を丸め、木にもぶら下がるという怪物である。しかし、人のように1度に1匹しか子を産まないし、人を襲うことも逃げることもなく、おとなしく体を丸めて人が通り過ぎるのを待つ、まるで聖人のような動物でもある。そのように彼らは考えている。
 このアリクイを成人儀礼の儀式で食べるのである。そして、若者たちは、この社会の分類原理が恣意的で因襲的なものに過ぎなかったことを知らされるのである。加えて、アリクイが自ら進んで犠牲になったと教えられる。アリクイは、自らの内部から世界に幸福をもたらす能力を開放しようとして、進んで死を選んだと解釈するのである。そして、運命の必然を否定し、苦痛や死すら否定してしまおうという思想を持つに至る。
 若者たちは、それまで当たり前だと思ってた「2項操作」による「非対称性の論理」により作り上げられている現実を一旦解消してしまい、今までのいかなるカテゴリーにもおさまらない、全く異なる論理が働く「生の現実(リアル)」を自分の体内に取り込むことになるのである。ここには、生と死の対立を越えた、高次元な現実が存在するという「対称性の論理」による、ラジカルな思考を見ることができる。
 もう一例を紹介しよう。西欧人の南米侵略で、病気や迫害や破壊と、西欧の「2項論理」の押し付けにより、自分たちの社会が崩壊の危機にさらされ、それから逃れんとして、アマゾン下流域を放浪するようになったグアラニ族の思想である。
 彼らは、「A≠非A」という、我々の世界で当たり前と考える論理、つまり「非対称性の論理」が「有限で悪に満ちた不幸な世界を作り出してしまう。」と主張するのである。グアラニ族の預言者たちは、これを「<1>の原理」と呼ぶ。
 「滅びうる全てのものが<1>である。<1>の存在様式とは過度の移ろいゆく束の間のものである。消滅するためにのみ生誕し、生長するものが<1>と呼ばれる。<1>は滅びうるものの側におかれることによって限りあるものの記号となる。物事がその総体において<1>である不完全な大地、それは、欠けるところのあるものの王国、有限なものの空間である。」
 「<1>の原理」を働かせないようにしようとするグアラニ族の理想的な思想は、次のように主張される。
 「不幸の廃絶された<1>ならざるものの土地では、トウモロコシは自ら育ち、人は狩りに出ることもなく矢が獲物を携えて来る。婚姻を律する規則はなく、永久に若さを失わない人は永遠に生き続ける。悪なき大地に住む者を一義的に特徴づけることはできない。彼は確かに人間であるが、同時に人間にとっての他なるもの、すなわち神でもある。それは、<1>によって自らを言い表すことのできない平等な者たち、神ー人間、人間ー神のみである。」
 このように、グアラニ族の人たちは、純粋贈与と平等・同質という「対称性の論理」に充ち満ちた理想の世界を、思考によって正確に思い描き、途絶えることなく語り継ぐことによって、人を堕落させない文化を保ち続けようとしているのである。
 グアラニ族の社会は、物質文明とは縁のない貧しいものではあるが、それと引き換えに、この社会は、人の魂に崇高さを与え続けることができるのである。(要約引用ここまで)

 グアラニ族の思想について、誤解のないよう、少々補足しよう。彼らが理想とする主張をストレートに読み取ると、とんでもない人たちに思えてしまうが、決してそうではない。
 「トウモロコシは自ずから育ち」というのは、人と植物を同質化していることから発せられた言葉であり、「矢が獲物を携えて来る」というのも、「② 純粋贈与の思想」の項で述べたとおり、人と動物の同質化である。次に、「婚姻を律する規則はなく」は、当時の西欧社会における婚姻の在り方を見知って、女を男の財産として縛り付ける家族制度を拒否するものであろう。
 そして、「永久に若さを失わない人は永遠に生き続ける」は、肉体の不老長寿ではなく、バラモン教のアートマン(「我」)に通ずるもので、それをより高度に発展させたものと思われる。
 「神ー人間、人間ー神」は、「一義的に特徴づけることはできない」と言っていることからすると、人間と神との同質化、部分と全体の一致といった思考が混然と一体化しているものと想像される。
 いずれにしても、グアラニ族の思想は、高度文明社会に暮らす我々にとっては、あまりにもかけ離れた存在であるが、バラモン教の哲学や仏教の思想、そして日本の多神教の精神との共通性があり、1万年以上にわたり、新旧両大陸の文化の隔絶があったにもかかわらず、類似した思想文化が育ってきたことは確かであり、別世界のものとして切って捨てることがあってはならない。

⑥ 食料資源豊かな地域に生まれる「無」の世界観
 狩猟採集民がもっている崇高な文化を幾つか紹介した。これは、熱帯の狩猟採集民によく見られるのであるが、こうした文化が生ずる背景は何であろうか。
 それは、1年を通しての気候変化、つまり季節感が生じなくて、食料資源が年間を通してとぎれることがなく、従って、1年、2年という時間の経過を意識しようがないがゆえに、混沌としたカオスの世界観、つまり「無」の世界観が支配することになるからではなかろうか。これを「0の文化」と呼んでよいと思うのである。
 なお、こうした文化は、世界中が狩猟採集生活であった文明前の社会に共通していたことであろう。温帯や雨期と乾期のある地域では1年、2年という時間の意識は生じたであろうが、その繰り返しが延々と世代を超えて続けば、その本質においては、グアラニ族の社会と共通した思想が生まれ出たと考えられるのである。
 これが、農耕・牧畜文明の発展とともに、私有財産の観念の芽生えと、その交換という社会生活が重視される中で、順次消えていったと思われる。これに拍車をかけたのが、急激な人口増加や飢饉による食糧難を契機とした、私有財産の権益を保証する社会制度の構築であり、そして国家の成立である。
 しかし、温帯において誕生した農耕文明社会であっても、食料資源が豊かで平和が長く続いておれば、「0の文化」は色濃く残り得ると考えてよかろう。それが日本列島の文化である。
 ここに紹介した「0の文化」で日本に残っている思想があり、そうした思想に感銘を受ける気持ちが強いのが日本人である。
 従って、「0の文化」を理想とする仏教思想が日本人に受け入れられやすいのであり、また、日本古来からの多神教の文化が「0の文化」を養ってきていることから、「1の文化」や「2の文化」に根差した唯一神を信仰するキリスト教がどれだけも広がらないという、珍しい国で在り続けている一因になっていると思われる。
 なお、「4の文化」の西北インドで発生した仏教であるが、その当時、西北インドにおいて、グアラニ族が西欧人から受けたものと類似した、外来の「1の文化」や「2の文化」の侵入があり、それらからいかにして脱却しようかと、意識的に「対称性の論理」を働かせ、仏教思想の内容を高めていったと考えてもよいであろう。
 我々日本人がしあわせになるためには、日本には今日にあっても「対称性の論理」に基ずく思想がまだ随分と残っており、これを決して失うことなく、これを正しく、より高めていかねばならないのは言うまでもない。
 どんな文化がこれに該当するのか。先に「3の文化」として取り上げた、日本の小売業における「しあわせの付加価値」の醸成もその一つであるが、我々が気がついていないものも多いのである。欧米人の目が教えてくれるものもある。その一例を紹介しよう。
 米国の文化人類学者、ルース・ベネディクト女史が1946年に著した「菊と刀ー日本文化の型ー」に、戦前の日本文化の紹介があるが、競争と平等に関して次のような感想を漏らしている。

 日本人は、従来、常に何かしら巧妙な方法を工夫して、極力直接的競争を避けるようにしてきた。日本の小学校では、競争の機会を米国人にはとうてい考えられないほどに最小限に止どめている。日本の教師達は、次のように指示を受けている。
 児童がめいめい自分の成績を良くするように教えねばならない。自分をほかの児童と比較する機会を与えてはならない。
 そして、日本の小学校では、児童を落第させて、元の学年をもう一度やらせるということはしない。一緒に入学した児童は小学校の全課程を一緒に受け、一緒に卒業していく。(引用ここまで)

 我々日本人からすれば、戦前の日本社会は歴然とした競争社会にあったと考えるのであるが、米国人から見れば、日本は無競争社会に見えるのである。その無競争社会であっても、米国人が驚くほどに近代化は成し遂げられたし、戦前の教育を受けた昭和1桁世代が見事に戦後復興を果たしてくれたのであるから、この日本的平等文化を絶対に大切にせねばならないのである。
 内藤公雄氏は、これを「隣百姓の思考」による文化と呼んでおられるが、氏の社会学的考察から一部を抜粋して紹介しよう。

 …モンスーン型稲作においては、灌漑・排水等を協同して行わなければならないし、農作業も隣人と歩調を合わせる必要があります。これは賢い隣人の真似をすることでもあり、失敗の未然防止にも繋がります。…隣百姓を行うには、それだけの準備と力量が必要です。隣人が種を蒔けば、直ぐにそれができる準備と作業能力を備えている必要があります。
 …「隣百姓の思考」の根底には横並び意識があります。隣人ができても自分にはできないと思えば、向上とか進歩はありません。この平等観念の醸成…戦後…これによって「1億総中流意識」が芽生えたと、私は思います。(引用ここまで)

 こうした良き日本文化も、企業が米国式経営戦略を導入することによって格差が生み出されつつあるように、少しずつ失われていく状況にあり、まこともって寂しいものがある。
 これを打破するためには、欧米式の民主主義文化に基づいて平等を作り出そうとするのではなく、日本式の民主主義文化に根差した平等観念の醸成を図ることが重要ではなかろうか。
 ところで、そもそもの民主主義というものは誰が作ったのか。それは、アメリカ・インディアンである。新大陸へ移住した西欧人は、自分たちの「2の文化」の合うようにそれを改変して、米国式の民主主義を作った。次に、それをフランス革命が模倣したのであり、遅れて日本がそれをそのまま導入した。
 いずれの国も、高尚な異文化の導入に成功し、程度の差はあれ、人々にしあわせを与えてくれた。民主主義文化は、人類の歴史の中で、最大にして最高の輸出文化であったと思われる。
 しかし、日本が導入した民主主義は、「2の文化」の民主主義であり、「0の文化」のアメリカ・インディアンの生の民主主義からではない。日本の文化は「3の文化」であり、それは「0の文化」に近く、アメリカ・インディアンの民主主義を、日本人に合うようにほんの少し改変した民主主義を作るべきであったのであり、今後は、その方向に軌道修正するのが正しい道なのである。

(つづき) → 第3章 思考改革は対象性の論理にあり
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昭和23年9月生まれの団塊世代人。    本名:三宅和豊              住所:岐阜県羽島郡岐南町三宅5-246  農家の長男として育ち、工業系の大学を卒業後、岐阜県庁に技術屋としてではなく事務屋として就職した変人。21年間県職員を勤めて、中途退職。父親が始めた薬屋稼業を平成6年に継いで今日に至る。平成12年頃から稼業の傍ら、母親の農業を手伝うなかで、百姓の魅力にとりつかれる。士農工商すべての身分を浅く広く何らかの形で経験していることが唯一のとりえである凡人。              著書は次のとおり。順次ブログアップ中。  随筆「ヤーコンの詩」(平成18年3月)   論文「食の進化論」(平成19年4月)   論文「新・学問のすすめ」(平成20年4月)論文「犬歯の退化」(平成22年9月)

永築當果

Author:永築當果
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