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世界一不安と焦燥にかられた、世界一猜疑心の強い、世界一非礼な民族

 これは、アメーバブログに投稿済みのものですが、このブログに再掲することにします。

世界一不安と焦燥にかられた、世界一猜疑心の強い、世界一非礼な民族

 日本文化と西欧文化は、水と油の関係にあるが、日本人は明治以来、文明開化だの脱亜入欧だのといって西欧文化を積極的に取り入れようとしてきた。戦後からは米国に追いつけ追い越せとばかり、米国文化、その本質は西欧文化と同じだが、これにベッタリを決め込んできた。
 しかし、水と油はいくらかき混ぜても一時的に乳濁するだけで、やがて落ち着けば再び分離してしまうように、日本文化と西欧文化は決して融合するものではない。戦後70年経って2世代の交代があってもである。
 ここまで言い切ると、少々言いすぎかもしれないが、日本人の価値観なり、生き様は江戸時代以来、本質的に変化がないといえよう。
 国際標準、これは何も欧米先進国に限らずユーラシア大陸全体の人々から眺めてみるに、日本人を一言で言えば、小生思うに“だらしない”であり、良く言えば“平和ボケ”であろう。これではざっぱくすぎて何のことだか分からなくなってしまうから、もう少し具体に言い表すとすれば、表題にした“世界一不安と焦燥にかられた、世界一猜疑心の強い、世界一非礼な民族”、これは木村尚三郎氏の言であるが、小生には一部少々納得できない部分があるものの、的を得た表現であろう。

 木村尚三郎氏は、ヨーロッパ文明論の権威者、元東大教授であり、前に記事にした「文明の根底には略奪文化がある 」の中でも、氏の捉えかたを紹介した。そのポイントになる箇所は次のとおりである。

 …対等な相互依存関係を必要としない相手(国、地域)に対しては、依然として力による自己確認、(戦争という)コミュニケーションがつづけられているのであり、体内的にはもっとも先進的に民主主義社会を実現していく国家が、国際社会では軍事力による過酷な植民地支配を追求し、「非民主主義的な」行動に終始したとしても、それは自己矛盾でもなんでもない。2つの態度はどちらも真実そのものであり、一方を「まやかし」あるいは「見せかけ」とみるのはまったくのあやまり、あるいは日本人の偏見である。…

 今回のテーマである「西欧人観、日本人観」についても、まずは同様に木村氏の著「西欧文明の原像」(昭和49年発刊)から、少々長くなるが、引用して紹介しよう。なお、本書が発刊された時代はベトナム戦争末期で、今から40年以上前のことであるが、今日の欧米そして日本の文化は当時とほとんど変わっていないように思われる。特に、欧米の文化は微動だにしない頑迷さがありそうだ。
(これより引用開始)
 …歴史的思考ないし歴史的にものごとを考えるとはどういうことなのだろうか。12世紀以来「石の文化」に生きてきたヨーロッパの人にとっては、それはある意味で自明のことである。
 石の寿命は長い。12世紀の地下牢が、今日そのままシャンソン酒場に使用され、…なかにはケルン大聖堂のように、13世紀なかば以来、6世紀もかかってつくられたものもある。
 そこでは、祖先の努力、先人の文化遺産は、好むと好まざるとにかかわらず確実に後世に受け継がれてゆく。したがって一定時間内に仕上げねばとか、一生のあいだになしとげねば、といった切迫感はなく、目標の達成そのものよりも、着実に石を一つ一つ積みあげてゆくプロセスそのものが重視される。…
 ヨーロッパ文化は、したがってその内部につねに時間の概念をふくんでいる。すなわちそれは、過去・現在・未来を同時につつみこんだ時間複合体であるといえよう。…
 ヨーロッパ文化の安定性、持続性、そしてある意味で、頑迷固陋(がんめいころう)な性格はここから発しているといえよう。…
 幸か不幸か、大自然がいつか過去を必然的に抹消し去ってしまう「木の文化」に長く生きてきた日本では、今日なお過去と未来、伝統と理念の時間的複合観念のうちに、自己を確かめ客観化するという精神態度は、一般的に存在しない。そこには、重くひきずって歩かねばならぬ過去もなければ、明日にむかってひとり不安のうちに高く掲げねばならない明確な理念もない。人びとは、自己を取りまくそのときどきの諸事実のあいだにただよい、つねに新しい事実に振りまわされ、事実の新奇性に押しながされてゆく。過ぎ去った事実は、東京オリンピックも大阪万博も沖縄返還も、たちまちのうちに現在の自己とは無関係の、遠い存在と化してしまう。…
 今日のいわゆる情報化社会は、能動的に現代を生きる人びとにとっては、まことによろこばしいものであるにちがいない。なぜなら彼は、いまや、みずからが必要とする諸情報を、世界のすみずみから迅速かつ豊富に入手することができるからである。もちろんそこには…きびしい修練に裏打ちされたプロとしての目と、ひとり生きようとする強靭な意志とが働いている。
 それによって彼は、膨大な情報群のなかから必要なものだけを選択し、それぞれを価値づけし関連づけて、いわば自己のうちに世界をとりこみ、理解し、消化してしまう。それはちょうど腹を空かせた野獣が遠くにあっても自分に必要な餌をたちまち見いだし、するどく嗅ぎわけるのと似ている。…
 外界の事物、情報に対するこのような態度を能動的、男性的、動物的とするなら、わが国のばあいには、これとまったく逆の受動的、女性的、植物的な態度が一般的であるといえよう。あまりにも多くの情報の渦に巻きこまれて、世界と自己の真実の姿がわからなくなるという受けとめ方が、それである。
 このばあいは、人間は事実を取捨選択し、意味づけをおこなうというより、事実そのものが最初から意味をもち、いまやそれが気の遠くなるほど大量に、束になって人間に襲いかかってくると考えられている。事実に対するこのような信仰は、閉鎖的、安定的な江戸時代の社会に一般化された、自己をとりまく外界に、みずからを合わせつつ集団的に生きてゆくという精神態度のあらわれであるといえよう。…
 ヨーロッパ人は、良くも悪くも一人ひとりが徹底して党派的である。物事に対する理解度、関心度も人によりまちまちで、ときに人間を越える神や現実を越える理念のもとに結束はするが、日常生活において心を合わせることは最初から断念しているために、なにが世論であり国論であるのかは、だれにきいても、なにを読んでもすぐには見当がつかない。…
 …わが国の刑法規定とフランスの刑法典とをくらべてみて、まず驚かされるのが、その分量のちがいである。…殺人規定についてみても、…日本でなら1条2行ですませている内容について8条21行を費やし、…それはちょうど基礎から石をひとつひとつ積み上げ、何百年もかかってカテドラルを完成する精神態度と、1日で建前を終え、数ヵ月でバタバタと1軒をつくり上げてしまう日本との相違にも似てまことに興味深い。
 しかしこのことは、フランスないしヨーロッパのように、ことばによってしか、ことばによる具体的な表現と、あからさまな論理によってしか互いに理解し、通じあうことができず、ことばにより表現されなかった事柄は存在しないにひとしいと観念せざるをえない、その意味では開かれてはいるが、きわめて不器用な集団生活、緊張的な人間関係を強いられてきた合理主義の大陸型社会と、わが国のように、具体的な人間関係、付き合いのうちに、社会秩序をなりたたしめる合理的な法規範を、目だたぬ形で事実上発現してきた、閉ざされてはいるが高度に洗練された集団生活、親和的な人間関係を形づくってきた特殊社会とのちがいということができよう。
…日本のばあい、隅から隅まで全部いいつくさぬと気がすまないヨーロッパ的表現は、ふつうナンセンスな言い方として嫌われ、軽蔑される。…
…(ヨーロッパ人からしてみれば)権力支配だけが支配の名に値し、わが国のように人心を汲みとった上で徳により治めるという支配のあり方は、今も昔もおよそ非常識でしかない。…
 権力を掌握する者、支配者、為政者は悪いことをする、彼らを信じ切ることは破滅を意味する。ひとはそれぞれ自分で自分の身体・生命・財産を守らねばいけない、これがヨーロッパ人の生活信条であり、日常的な生活感覚である。自分も人であれば相手も人である。髪の色、目の色、ことばがそれぞれちがうのであれば、心の通いあう道理はなく、人間がたがいにそうであればこそ、権力をとれば当然悪いことをするであろう。
 この感覚、自衛本能はすくなくとも16、17世紀の宗教改革、宗教戦争期以来、ヨーロッパ市民に共通のものとなってきた。支配者はもちろん、市民同士も信頼しえず、にもかかわらず相互依存し合わねばならない市民社会にあって、人びとの人間に対する、自分以外のすべてに対する不信感と、たがいに闘争と傷つけ合いから生まれる罪の意識は極度に大きくなり、これが人間を超越した唯一神、人間の罪を贖う(あがなう)救い主としての神・キリストに対するひたすらな信仰を一般化したのであった。宗教改革期の新教や旧教がそれである。
 したがって同じカミはカミでも、ヨーロッパの神は、人間に対する絶望的なまでの不信感、人間はほんらい罪深いものであるという意識に立っている。…この点日本のカミ(神)、オカミ(お上)は、畏怖し、敬い、あがめ奉るに値する存在として、上のほうにおわしますのであり、根底において人間に対する信頼感の上に立っている。…
…日本型支配の要諦が、すくなくとも江戸時代以来「徳による支配」「権威による支配」に求められているのに対し、ヨーロッパの支配は、何よりもまず「力による支配」である。…民衆だれひとりとして真似ができない豪奢な生活などは、支配者による権力支配の具体的な表現であり、民衆威圧のデモンストレーション効果をもつものであった。
 支配者は権力を行使し、権力装置(警察・軍隊そして官僚一般)を通してしか人を支配しえない。そして権力による人間支配とは、人間の言動の自由を物理的に拘束することであり、したがってこれを実行する支配者は、本質的に悪である。個々人は最終的にはみずから戦う以外に、自分の身体・生命・財産を守り維持する手段はなく、そのためには、戦士としての自己の能力をみずからつねに冷徹に見つめ、客観化し、評価する必要がある。みずからの能力と個性を客観的に見きわめる、自分に冷たい自分、これこそが心の通いあわぬ市民社会を生きぬきうる主体であった。…
 ヨーロッパ近代市民の生活哲学は、まさにこのような戦士としての自己の客観化にあった。そして何者にもつきすぎることのない、心情的に狎れる(なれる:親しみすぎて礼を欠く)ことのない彼らの精神態度こそが、ユーモアを生むのであり、…(悪ふざけされて)だまされた自分自身をみずから笑う心のゆとりを可能にする。…
…冷たく突きはなした自己観察・自己評価の神経に、日本人はどれだけ耐えうるか。自分自身による客観化どころか、他人による冷徹な客観化をも好まないのが日本人である。
…他人にとって「いい子」でいたいのであり、ヨーロッパ的な戦士の気概は本来的に持ち合わせていない。
 みずから主体的に戦うことなく「いい子」でいたい、むつみ合う「和」の関係のなかにみずからを安定的に位置づけたい、そしてこの「和の関係」を安定的に保つために、物理的に強制する「権力」「権力者」ではなく、人を心服せしめる「権威」「権威者」を「上」に仰ぎたい、働くことはいとわないが、自分だけ働くのではなく、ほかの人といっしょに、同じ程度、同じ仕方で働き、また休むのもほかの人といっしょに、同じ程度、同じ仕方で休みたい、となれば、これは「いえの子」つまり家子の生活感覚にほかならない。家といっても牧畜経済社会や産業社会における家ではなく、農業社会における家であり、家子とは、そこで家長の権威に従う家族集団のことである。…
…人びとに要求されるのは、戦いあうことではなくて大自然の前に心を寄せあうことであり、そして長老の指導のもとに組織的に労働力を大地に投下することであった。ここからさき、日本とヨーロッパではあり方が大きく異なるが、わが国のばあい、心を寄せあう場、社会的ユニットは家であり、長老は家長であった。家長は家子統制に権力をもつが、それは、彼が第一に農業労働に優位性を発揮しうる男性であり、第二に年長者であって、それだけ大自然の摂理に通じ、農業知識をマスターして農業労働を「指導」しうる「権威」をもっていたからである。
 江戸時代の家制度ないし旧民法下の家はもはや遠い過去のものとなってしまったはずであるが、「家の子」意識は現在でも日本人の生活感覚、社会的倫理規範の中心を貫いているといえよう。企業一家の感覚や企業の家族丸抱え政策などはもちろんそのあらわれであるが、「私はこういう者です」と名刺にみずからを紹介せしめる態度もまた同様であろう。
 すなわち、自他ともに、人がどの家(企業)に属し、どの位置に立っているか、またその家が「日本国家」のなかでどのような位置を占め、どのような序列の下におかれているかで人を測り、評価するのであり、個人的な能力や活動の仕方で測るのではない。…
 その意味では日本人は、どこに権威があるか、どこが現在の「お上」であるか、どこによりかかったら安心であるかを追求する方向感覚がじつに鋭く、国内はもちろん国際的にもそれをたえず働かせている。すなわちつねに羅針盤に注目し、北はどこか、「お上」はどこかを判断しつつ、身を国内社会ないし国際社会に安定的に位置づけ、秩序づけることによって世の荒波を切り抜けたい、いやもっと厳密には世の荒波を避けたい、というのがいまでも日本人の本音であろう。…
 日本文化は…みずからの安定化のために積極的にときどきの指導的権威を追求し平和を願う、上方志向型の求心文化であり、「羅針盤文化」であるといえよう。
…彼ら(ヨーロッパ人)が形式的にもせよ天皇を戦争の最高責任者、元首とうけとっており、「象徴」という表現が理解されがたい…。そこには歴史的にいって、ヨーロッパ型支配と日本型支配のきわめて明白なあり方と考え方の相違が存在している…。ヨーロッパ型支配は、なによりもまず力による支配であり、支配者はそれにふさわしい体力と知力をそなえ、被支配者から断絶した威容をそなえていなければならない。権力なき支配、徳による支配などは、およそ支配の名に値しないのである。…支配者は、ありとあらゆる点で被支配者より優れ、それによって民衆を支配し保護すべき存在だったのである。…
…日本の「支配者」の生活様式は、ヨーロッパ的感覚からすればまことに質素であり、民衆とのあいだに明確な断絶がない。…
 わが国のばあい、民の心を心とし、民の憂いを先に憂え、民の喜びを後に喜ぶという態度が「支配者」の範とされ、民衆と断絶して贅をつくすことは地位失墜、失脚のもととされた。権力支配ではなく徳によって治めるという、ヨーロッパ人には理解しがたい「日本型支配」が可能であったのは、すくなくとも江戸時代以来における、日本人のおそるべき求心的一体化傾向によるものであった。
 すなわちヨーロッパ人のばあいは、支配者が公権力をもって無理やり被支配者の「私」の領域に入りこみ、規制しようとするのだが、わが国ではまったく逆に、被支配者の側から進んで「私」を「公」の領域のなかに入りこませようとするのである。つねに他人にならって発言し行動しようとする精神態度、そして全体として中央の権威ある人びとの言動に注目し、これを仰ぎみる態度、これがわが国における「公」の観念の根底であり、皆がつねにひとしい方向をめざすだけに、ここから発する無言の社会的強制力は強大である。
…卑俗なたとえでいうなら、むし暑い満員電車のなかで、みんなが窓を開けたいなあと思いながらだれも開けないのでがまんをしているとき、人びとの心をくんで最初にサッと開ける者、それが日本型指導者であり、周囲の者はホッとして彼にならう。反対にみなが開けたいと思っていないのに一人だけサッと開けてしまう者は「非国民」でしかない。そのばあいには、みんなが連帯して発するおそるべき社会的強制力が彼を圧殺する。
 戦争中、戦争反対の気持ちはいだいていても実際に声にはならなかったのは、軍部のきびしい言論統制があったからだとよくいわれるが、これまた反面の真理でしかあるまい。それはたとえば、今日の「自由な」言論の時代に、「公害賛成」をさけぶ者が表向きはひとりもいないのをみれば、よくわかるであろう。当時の「戦争賛成」は「持てる国々」の経済的・政治的圧迫から大和民族をまもるために、そしていまの「公害反対」は国民一人ひとりの生命をまもるために、と眉をつりあげ、まなじりを決してつねに一つのことばをくり返す。これに反対する者の立場を考える気持ちのゆとりはまったくなく、「非国民」として袋だたきにしてしまう。
 このおそるべき求心的一体化のメンタリティーのゆえに、わが国のばあい、外化された精密な権力装置はかならずしも必要とされない。端的にいってわれとわが身が、実質的には強固な権力の一環を主体的に構成しながら、主観的にはその意識をもたない。…
…もう一つの重要な局面は、ヨーロッパ人の「恨みの構造」とでもいうべきものである。結論からさきにいって、ヨーロッパ人が他人から加えられた害をいつまでたっても忘れず恨むのは、…みずからも日常的に他人に害を加えており、そしてみずからそれを悔いつつ生きているからである。すなわちヨーロッパ人は、「人はほんらい罪深いもの」という罪の意識をつねに心の奥深くいだいており、みずからの罪を忘れえないからこそ、相手の罪も忘れることはできず、「なかったことにする」あるいは「水に流す」ことはできないのだ。
…自分に害を加えた相手が謝罪もせず、さりとて逆に犯罪の積極的な正当化もせず、何事も起こらなかったのような顔と態度を示すことは、ヨーロッパ人にとってまさにゆるしがたい侮辱であり、人格の無視を意味するものである。…
 つねに求心的一体化をもとめ、全体として変貌していくわが国のばあいは、個々人が、良くも悪しくも親和的関係にあり、たがいに相手と徹底的に闘争しあい、傷つけあうということがない。全体としてどこへゆくのか、どのように変わるのかはわからないが、人心を思想によって無理やり一定方向に統一する必要はなく、…情勢に敏感に反応して…クルリクルリかわっていく。
 欧米人の感覚からすると、日本は毎日革命をやりとげているような気味悪さがあるゆえんだが、個々の人間の闘争がないところにこの「毎日革命」の秘密がある以上、一人ひとりに罪の意識はない。キリスト教宣教師に「悔い改めなさい」などといわれても、なにを悔い改めたらよいのかわからないのが日本人である。自分に罪の意識がない以上、相手の罪をいつまでも根にもつこともありえない。「おたがいに人間だからまちがうこともある」という考えのもとに、いつか「水に流して」しまうのである。ヨーロッパ人は、たんに日本人にたいしてだけではなく、たがいに戦争中の恨みを忘れていない。… 
 (引用ここまで)

 いかがでしょうか。随分と長い引用をしましたが、幾つかの面で西欧文化と日本文化の明確な違いが鋭く語られています。ところで、西欧の大陸文化と島国イギリスの文化は若干相違がありますし、新大陸アメリカの文化もこれまた若干の違いがあります。これらについては引用をしませんでしたが、基本となる文化に違いはなさそうです。イギリスは少々ソフトに、アメリカは少々過激に、西欧の大陸文化が変化しているといったところでしょう。
 本書が書かれてから40年が経ち、引用文中の“企業一家の感覚や企業の家族丸抱え政策”はどれだけか後退し、“日本のばあい、隅から隅まで全部いいつくさぬと気がすまないヨーロッパ的表現は、ふつうナンセンスな言い方として嫌われ、軽蔑される。”は、責任回避のためにそうするしかないと容認する方向にあります。
 しかし、引用文中の“当時の「戦争賛成」は「持てる国々」の経済的・政治的圧迫から大和民族をまもるために、そしていまの「公害反対」は国民一人ひとりの生命をまもるために、と眉をつりあげ、まなじりを決してつねに一つのことばをくり返す。これに反対する者の立場を考える気持ちのゆとりはまったくなく、「非国民」として袋だたきにしてしまう。このおそるべき求心的一体化のメンタリティーのゆえに、わが国のばあい、外化された精密な権力装置はかならずしも必要とされない。”については、弱まるどころか強まっている感がします。
 これは、福島原発事故で大量に撒き散らされた放射能は大したことでなかった、今までの基準値は間違いで多少の放射能はどってことない、原発はやはり再稼動せねばならない、という一連の原発容認の“空気”というものが強く働いているのを痛烈に感じるからです。“空気を読んで行動しろ”という無言の圧力、これが支配し、空恐ろしくなります。
 環境問題では、CO2温暖化対策も同じ状態になっています。京都議定書を金科玉条とし、何が何でもCO2削減だ、それを崩してはならぬ、という方向からはみ出すことは絶対に許されない“空気”が支配しています。
 かたや放射能はどってことない、かたやCO2は大問題だ、どちらも環境問題なのですが、両者を天秤にかけてみれば、どちらがどちらだ、そもそもそれぞれの重要と言われている根底が正しいのか間違っているのか、こうした疑問を誰も持たないようなのですが、これも日本人の国民性でしょうね。これは、引用文中の“あまりにも多くの情報の渦に巻きこまれて、世界と自己の真実の姿がわからなくなるという受けとめ方…自己をとりまく外界に、みずからを合わせつつ集団的に生きてゆくという精神態度のあらわれ…”ということになります。

 さて、ここから本題に入ろうと思っていたのですが、ここまでがあまりに長文すぎて、これと同等の文字数を引き続き打ち込むとなると、お付き合いしてくださる読者も大変でしょうから、ここらで一区切りつけることにします。
 ところで、タイトルにしました“世界一不安と焦燥にかられた、世界一猜疑心の強い、世界一非礼な民族”になぜ日本人がなったのか、これについては、ここまでの引用からでは説明できていないのですが、農業への無関心、農業軽視からくる地域文化の崩壊との絡みが大きいように思われます。
 この農業問題と地域文化に関しては、別立てブログ「ファーマー・ファーマシーの日記」で、木村尚三郎氏の同著「西欧文明の原像」からの引用と小生の思いを書いておりますので、お時間がありましたら、お読みになってください。
 この中に、タイトルにしました文言が結論的に出てきます。
 → 日本の農業はなぜ没落したのか
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プロフィール

昭和23年9月生まれの団塊世代人。    本名:三宅和豊              住所:岐阜県羽島郡岐南町三宅5-246  農家の長男として育ち、工業系の大学を卒業後、岐阜県庁に技術屋としてではなく事務屋として就職した変人。21年間県職員を勤めて、中途退職。父親が始めた薬屋稼業を平成6年に継いで今日に至る。平成12年頃から稼業の傍ら、母親の農業を手伝うなかで、百姓の魅力にとりつかれる。士農工商すべての身分を浅く広く何らかの形で経験していることが唯一のとりえである凡人。              著書は次のとおり。順次ブログアップ中。  随筆「ヤーコンの詩」(平成18年3月)   論文「食の進化論」(平成19年4月)   論文「新・学問のすすめ」(平成20年4月)論文「犬歯の退化」(平成22年9月)

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