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文明の根底には略奪文化がある

 これは、アメーバブログに投稿済みのものですが、このブログに再掲することにします。

文明の根底には略奪文化がある

 自動販売機がそこら中に屋外に置かれている日本。近所に住まうことになった日系ブラジル人の方が日本に来てこれを見てビックリ仰天。「金庫が外に放ってある!」と感じたという。「これでは自販機荒らしに遇っても文句は言えないよ。日本という国は何とも不思議な国だ。」とおっしゃった。
 我が町では、もう何年も前から野菜泥棒が頻発すようになった。うちも今年は3回やられた。中国人が住んでいる近隣に多く、捕まることもままある。彼らが言うには「柵もなければロープも張ってない。持っていっていいよ、という意思表示がなされているから、もらっただけのことだ。」
 娘が米国在住時に被害に遇ったのだが、長椅子に座ってカバンを脇に置いといたら、あっという間に盗まれてしまったそうな。「必ず手を添えているなり足で挟んだりして、自分の所有物だと意思表示していろ」と教えられていたが、ついうっかりしていて、ものの見事にやられてしまったのである。
 いずれの場合も「取られたくなかったら、しっかり防御しておけ」ということになり、それがおろそかであったのなら、取られても文句が言えないのだ。
 これは地震なり洪水なりの大災害が発生したときにも言える。治安を司る警察官の大半が災害現場に張り付けられ、商店街のパトロールができない状態になると、諸外国では早速略奪が始まるのが常だ。

 大陸文化の特徴である「略奪は正しい」という、もうこれは信念ともいえるであろう観念がそうさせるのであろう。
 店外の自販機を荒らそうともせず、柵などなくても野菜泥棒もせず、カバンを脇に置きっぱなしにして人がうたた寝していても盗もうともせず、忘れ物でもしようものなら親切に交番に届け出るのが普通の日本人の行動様式だ。
 もっとも近年は日本人もだんだん大陸文化に染められてきたのかどうか、こうした略奪行動をとるようになった輩が随分と増えてきてはいる。
 わき道にそれるが、小生が被害に遇っているせいか、日本人に特に目立つのが野菜泥棒の増加であり、近隣の情報では、これは年寄りに多いような気がする。見つかっても居直る輩までいるとのこと。権利ばかり主張して横着うーなってきた日本の年寄りは様々な面で目に余るようになった。これは本筋から外れるので、ここまでにしておくが、機会を捉えて記事にしたいと思っている。

 “「略奪は正しい」なんて、そんなバカな。略奪なんて絶対にやっちゃいけないし、とんでもない悪事だ。”
 そう考えるのが日本人であり、小生も若い頃はそう思っていた。
 しかし、社会人となり、政治経済に関心を抱き、自分なりに少々世界の歴史を遡って齧ってみたところ、欧米列強は有色人種からえげつない略奪をこれでもかこれでもかと繰り返してきたことが分かり、よくもまあここまでするか、とあきれ返ったところである。そのダメ押しは、44歳のときに大英博物館を見学したときである。入館する前、日本の博物館と同様に英国グレートブリテン島の古物や化石を中心に展示してあるかと思いきや、さにあらず、世界各地の遺跡(主要部分)や古美術品が所狭しと陳列してあり、これを見せ付けられて、“どうだ、これだけ素晴らしい略奪品を展示してある所はここしかないぞ”と言っているように感じ、“エゲレス人はとんでもない盗人集団だなあ”と、そのえげつなさをつくづく思ったところである。略奪品を威張って陳列しているのであるから、これはもう「略奪は正しい」というしかないだろう。

 「略奪は正しい」という観念の発生の根源はいったいどこにあるのだろうか。
 これは、古代文明前まで遡ることになろう。小生思うに、きっとそれは牧畜の開始と時を同じくしたに違いないだろう。
 おおよそ1万年ほど前には、中東において羊と山羊の家畜化が始まっていたようである。
 そこで行われたのは、メスの羊や山羊が子育てのために出す乳の“かすめ取り”である。乾燥地帯にあっては穀類の生産がままならず、代替食糧として人間が動物の乳を飲むようになったのである。
 その後に、牛も家畜化されて牛乳をかすめ取るようになり、羊・山羊・牛といった動物の乳製品が人間の主要な代替食料として中東からヨーロッパ全域に広まっていった。
 人間が動物を家畜として支配したのだから、家畜からの略奪はまったくもって正しい。どこが悪い。頭を下げるとすれば、この世に乳をたくさん出す動物を創ってくださった神だけだ。
 これが牧畜を行う彼らの正直な思いであり、論理であろう。
 ここが日本人の感覚と全く違う。幕末に日本が開国し、下田に米国領事館が置かれ、領事ハリスが牛乳の提供を求めるも、幕府は当初かたくなに断った。その理由はメス牛からの“かすめ取り”以外の何物でもないからである。日本人に牛乳の飲用がちっとも定着しなかった原因もここにあろう。
(参考)
 米国が下田に領事館を置き、初代領事ハリスが幕府に牛乳の提供を申し出たのですが、幕府は、「牛は、農耕、運搬のためにのみ飼い置いており、養殖は全くしておらず、まれには子牛が生まれるが、乳汁は全て子牛に与え、成育させるがため故」と理由を説明し、「牛乳を給し候儀一切相成りがたく候間、断りおよび候」と拒否し、ならば雌牛を提供してくれという申し出に対しても、同様に断固として拒否しています。
 ところが、その1年半後、ハリスが重い病に臥したため、幕府は、何としてもハリスを死なせてはならぬと、あれほど望んだ牛乳であるから、どれだけかの効果はあろうと牛乳を差し出し、それ以降、各国領事館へも牛乳が販売されるようになったとのことです。

 時代が進み、5千5百年ほど前になると、メソポタニアでは城壁が作られるようになった。これは雨や水に恵まれた地域において農耕生産して得た穀物を大量に貯蔵し、これが略奪されないようにするためのものと考えられる。
 穀物を盗もうとする者たちは遊牧民である。以下は今西錦司他著「世界の歴史1 人類の誕生」(河出書房新社)からの引用であるが、次にように想像される。

…牧畜生活者は…やはり穀物も食べてみたいのである。…しかし、牧畜生活者もちゃんとした人間である。穀物ほしさに、農耕生活者のところへいって、強盗したり殺人したりするようなことはしない。
 けれども、もし、農耕生活者のがわに、食糧余剰ができて、それを集めて倉庫にしまいこんでいるというようなうわさが…聞えてくると、余剰のピンハネなら、家畜の乳のピンハネと同じじゃないか、そんなものを遊ばせておく手はない、というのがかれらの論理となる。
 それじゃ、あの集団をひとつ手に入れようじゃないか…。これもかれらの論理である。そもそものはじめ、かれらが家畜を手に入れたときでも、一頭一頭を相手にするようなケチくさいまねはしないで、群れごとごっそり手に入れたのである。それをここで思いかえしていただきたい。
 しかし、…遊牧民の論理…は、悲しいかな、農耕民の論理…の、受けいれるところとはならなかった。(引用ここまで)

 こうして、ここに人類は侵略戦争というものを始めてしまったのである。
 古代文明の発生、それは同時に「略奪は正しい」とする文化に根差した侵略戦争の始まりであり、歴史時代に至ってそれが顕著なものとなり、中世、近世、現代へと進むに連れて激しさを増してきていよう。
 第2次世界大戦で、そのような戦争は世界中が懲りたやにみえるが、今日に至ってもそこら中で紛争という名の戦争を積極的に起こし続けているのであり、一切の反省はないと思ったほうがよかろう。
 なぜならば、西欧人にしてみれば弱肉強食は当然の論理であり、名実ともに優れた人種である白人にあっては、我より劣る有色人種の住まう地域を侵略し隷属させ資源を奪うことは、草原に出かけていって野生する羊の群を丸ごと家畜化し乳をかすめ取ることと全く同義であるからだ。
 ここのところが、日本人の感覚と全く異なる。よって、先の大戦をしたことについて真に反省しているのは、これといった略奪をしなかった日本人だけであると言っても過言ではない。
 日本人は“略奪なんて間違っているし、当然に悪事だ”と思うから、そういうことになるのであって、欧米人からすれば“略奪は正しいのであって、日本人はなんてお人好しのバカ者なんだ”としか思えないであろう。

 小生ごとき無学な輩が、このようなとんでもないことを言い放っても誰にも分かってもらえないから、ここでヨーロッパ文明論の権威者である元東大教授、木村尚三郎先生にご登場願おう。
 以下、氏の著「西欧文明の原像」(昭和49年発刊)から、少々長くなるが抜粋して引用する。
 なお、本書が発刊された時代はベトナム戦争末期で、今から40年以上前のことであるが、今日の欧米そして日本の文化は当時とほとんど変わっていないように思われる。特に、欧米の文化は微動だにしない頑迷さがありそうだ。

対話と戦争
 自己をみきわめ客観化しようとすることは、すなわち相手を知り、人間を理解し、世界を読む普遍的な目をもつことである。それは欧米人のように、各人が異質者集団のうちに生きねばならない人びとにあっては自明の精神態度であり、それ以外に自己の存在を維持する方法はなかった。他者との直接的な触れあい、ぶつかりあいのうちに自己を確かめ、客観化するもっとも端的・直截な方法は、戦争、殺しあいであり、イスラム教徒と戦った12、13世紀の十字軍以来、両世界大戦から今日のベトナム戦争にいたるまで、欧米人の生き方の基調をなしているといってよい。
 戦争は、彼らにとっては長いあいだほとんど唯一の、そして確実なコミュニケーションの手段そのものであった。今日なお、その意味は失われていない。欧米の文化はまさに戦士の文化であり、一人前に戦いうる能力をもつ者、戦いぬき生き残りうる者だけが人間としての資格と権利を認められ、主体性を発現しうる文化であった。敗残者はかつては殺され、そしていまは、アメリカの大都会の片隅にみうけられるように、公園のベンチに終日じっと腰掛けていることを余儀なくされる。
 啓蒙思潮以来の人権思想の展開は、このような自己確認の冷酷非情な精神態度がいささかなりとも変化したことを意味するものではない。それは、近代市民社会、商品経済の進展とともに、人びとの社会的な相互依存度が増大し、傷つけあい、殺しあいによる自己確認の方法が、すくなくとも市民社会の内部では互いに不利益となり、同じく非情・冷酷な精神状況のもとに生きながらも、武力・暴力・腕力による自己確認とコミュニケーションにかわって、「対話」によるそれが、人びとの暗黙の、あるいは明示的な合意のもとに大きな意味をもつにいたったことを示すにすぎない。
 すなわち、対等な相互依存関係を必要としない相手に対しては、依然として力による自己確認、コミュニケーションがつづけられているのであり、体内的にはもっとも先進的に民主主義社会を実現していく国家が、国際社会では軍事力による過酷な植民地支配を追求し、「非民主主義的な」行動に終始したとしても、それは自己矛盾でもなんでもない。2つの態度はどちらも真実そのものであり、一方を「まやかし」あるいは「見せかけ」とみるのはまったくのあやまり、あるいは日本人の偏見である。
 それでは、相互依存の相手として認めざるをえない人間との「対話」は、いかにしてなされるか。彼らはそれぞれ、近代市民社会の形成とともに自分の生まれ育った村、故郷の土をはなれ、個人的な好悪の感情をこえて経済的、社会的にあい交わらねばならない存在であるから、「気心」の知れようはずはなく、これを最初から断念しつつ、論理的かつ普遍的な人間関係の形成に努力する。「対話」はそのための手段にすぎず、武器による戦いにかわる、平和共存の道を発見するための、いわばことばによる戦いであり、非情性と対立・緊張感は依然としてつらぬかれている。
 ここでの「対話」は、したがって「土」からはなれた、「気心」の知れない冷たい対話であり、日本人同士の「(国)土」と密着した暖かい対話、「話しあい」とは根本的に異なっている。日本で…「話しあい」は結局のところ無言の「見合い」と同じことであり、…そこにはつきつめた論理、自他を冷たくきわめる精神態度は存在しない。
 これに対し、各人が「土」から離れざるをえず、互いにさまざまの異なった方言しかもたなかった市民社会形成期のヨーロッパ市民が、合理的精神にもとづく冷たい、しかし普遍的な対話しかもちえなかったのは当然である。しかし今日、フランス語やドイツ語は、現在ではフランス人、ドイツ人にとって、ある程度、日本人にとっての日本語と同じく暖かいことばとなりつつある。これに対し、建国以来、今日まで依然として冷たいことばを話しつづける、あるいは話しつづけねばならないのは、世界でただひとり、アメリカ人である。
 アメリカはいうまでもなく、それ自体が一つの広大な世界である。ニューヨークとマイアミ、サンフランシスコとでは気候風土、生活感覚は、ヨーロッパ的な基準からは互いに外国ともいえるまで異なるであろう。しかも人びとはイギリス系、アイルランド系、…などと多種多様であり、アメリカ人にとってアメリカ語は、土からも血からもはなれた、「気心」をまったく伝えることのできない冷たく乾いたことばでしかない。それは、国民国家や単一民族国家における母国語の暖かい語感からは、はるかにかけ離れたものがある。
 アメリカ人は、国民国家、単一民族国家に生きる人びとの感覚からすれば、一人ひとりが母国語をもたない孤独な国際人である。彼らのあいだには風土も人情も捨象した論理的な人間関係しか存在せず、またそれだからこそ、19世紀的な国民国家、民族主義国家の原理を克服して大陸型の国家をつくりあげ、維持しえているのだといえよう。
 一人ひとりは率直・快活で善良な、要するに「人の好いアメリカ人」のイメージと、ジョン・F・ケネディ大統領、…を暗殺し、…大統領候補を狙撃する暴力的なアメリカ人のイメージ、それに長年月にわたってベトナム戦争の暴挙を敢えてした傲慢・非情なアメリカ人のイメージなどは、どこでどうかさなりあうのであろうか。これをたんに、大半は平和を愛する善人なのだが指導者が悪いのだ、あるいは2億も人口があれば、たまには悪い人間もいるとかたづけるのも誤りなら、アメリカの国家と社会の病弊のあらわれと断定してしまうのも正当ではないだろう。
 おそらく、これのどれもが、アメリカ人の一面を正しく表現しているのだ。多かれ少なかれ「土」との結びつきをもち、人情が通いあうヨーロッパの諸国民(東欧・ソ連をも含めて)とはちがい、アメリカ人はいわば孤独だった近代ヨーロッパ市民の延長であり、アメリカは近代ヨーロッパのエッセンスともいうべき性格をもっている。
 すなわち、相互依存の必要がなく、しかもみずからの利益を侵害しみずからの存在をおびやかすと判断されるものにたいしては、ベトナム戦争のごとく全力をあげて先制攻撃をかけ、たたきつぶそうとする。反対に相互依存の必要ありと判断される相手に対しては、中・ソとの「対話」のごとくこれまた全力をあげて、相手を害する意志のないことを積極的に表明し、対話による平和共存の道を見いだそうとするのである。それは生きるために冷たいことば、自分にとってよそよそしいことばしかもちえぬ孤独な人びとの、いわば自衛本能にもとづくともいうべき精神態度であり、自己の周囲のいっさいを、自分以外のすべての人間を信じえぬ緊張感から発している。
 アメリカ人のフランクな人の好さは、つまるところ、生きるための術である。人間的不信、社会的緊張のなかに生きる彼としては、あらんかぎりの力をふるって自己の「善性」をおもてにさらけだし、それによって相手に対し平和・友好の意志を表明し、無用な摩擦を避け、対話の関係をつくりださねばならない。彼はつねにほがらかで、冗談を飛ばして人びとを笑わせ、自己の周囲になごやかな雰囲気をつくりださねばならない。それはもちろん、あくまでもたてまえであって本音ではない。しかしこのたてまえは、まさに真剣・切実なたてまえであり、それなりに社会的真実性をもっているのである。
 そこでは個人による壮絶な戦いが、日常的に展開されている。キリスト教諸国のうち、いまだに天国と地獄の存在を本気で信じている人びとの率がもっとも大きいのは、アメリカだといわれる。…アメリカ人はそれだけ、人間そのものに対する根底的な不信感のうちに生きることを余儀なくされているといえよう。
 アメリカ人にとって頼りにできるのは、現在この瞬間におけるみずからの実力だけである。…
 自分にはこのような能力がある、それは自分の専門である、私はこれこれの業績をあげてきた、といったアメリカ人の積極的な自己表現、「ずうずうしさ」は、その善良さ、傲慢さと同様、日々いわば「身体を張って」生きねばならぬ非情な論理的人間関係から必然化されるものである。そこに情感の入りこむ余地がないからこそ、国家・社会の未調整の部分において、さまざまな憤懣・憎悪感はなまの暴力のまま噴出し、自己防衛を直截に表現することになる。…
…そこでの「対話」はいかにしてなされるか。それはたしかに言語による戦いではあるが、けっしてそれぞれの側の一方的、徹底的な自己主張のみに止まるものではない。双方の一方的、徹底的な自己主張は、往々にしてほんとうの戦争、殺しあいを結果するのみであり、相互依存関係の否定という自己矛盾をきたすことになるからである。
 真の対話とは、結局のところ、どのようにして自己を気心の知れない相手方に表現するか、どうすれば自分の主張、意志を相手に理解させることができるかについての真剣勝負であるといえよう。対話者双方のどちらが相手によりよく自己をわからせることができたかは、対話の所産として合意により発見された共存関係のあり方に直接に反映され、対話者の利害を左右することになるからである。
 自分を相手にわからせるには、自らを客観化し、可能なかぎり相手の立場に立って自己を表現しなければならない。自己を理解させることは相手を理解することと同義であり、またこのことを通じてはじめて自己の客観化が可能となり、おのれを知ることができる。すなわち気心の知れない相手にわかるように自己表現するということは、自分にとって冷たいことばを使うということであり、そのさい内心における自己との格闘がみずからを客観化せしめることになるのである。…
…日本は明治以来これまで、どれだけ積極的に自己を、欧米諸国にわかりやすく、だれにも理解されうる冷たいことば、クールな語法で表現してきたか。それを抜きにしては、相手を理解することも、自己を知り客観化することもできなかったはずである。百年以上も欧米を知り理解すべく努力してきたというのは、相手にとっては迷惑な、いわばこちら側の一方的な「思い込み」にすぎまい。すなわち男女・夫婦・親子のような「気心」集団の情愛関係を、勝手に欧米諸国にまでおよぼしていただけである。そして男女・夫婦・親子がなんらかのきっかけによって自他のあり方をつきとめ、みきわめたときに互いの心のへだたり、断絶に気づいて愕然とするようなショックを、日本もまた昨今、味わわざるをえなくなっている。(引用ここまで)

 以上が木村尚三郎著「西欧文明の原像」の序章からの抜粋であり、大方言い尽くされているが、本書は第6章まであり、400ページを超え、内容盛りだくさんである。引き続き、関連する事項について引用することとする。

 ありていにいって、山の彼方、森のむこうは、たとえ顔かたちの同じ人びとがそこに済んでいたとしても、もう隣国であり、潜在的な敵国なのだ。これはいまもかわらぬ実感であろう。彼らも同じく平和を愛し、同じく善悪理非の感覚をもつ同じ人間であるかもしれない。しかし、このようにして想像力を野放図に拡大していけば、モンゴル、中国にまでも達してしまう。地つづきのうちに生きる人びとにとって、そのようなお人好しがたちまちに打ちたおされ、生きるに値しなかったことは、戦乱うちつづく現実の歴史がみごとに証明している。…
 人口爆発と大開墾運動の11世紀から13世紀にかけての時代は、封建社会の最盛期であり、地方的な政治権力が封建貴族として各地に城をかまえ、割拠したが、これらの諸侯領はたいていのばあい、周辺の広大な森林によって範囲をかぎられていた。森林は諸侯領を包囲し、諸侯領間の漠然とした国境、境界線、緩衝地帯を形づくっていた。…
 ひとつ森をへだてればよその「国」であり、そこはちがった法と権力が支配していた。たとえことばや習慣が似かよっていたとしても、想像力の幅を押しひろげて、そこに住む人びとも同じ仲間だと意識するには、それぞれの「国」はあまりにもコミュニケーションにとぼしかった。地域間、地域的政治単位間におけるコミュニケーションの欠如は、たがいの誤解と偏見から戦争を頻発するように考えられがちであるが、それは正しくない。
 なぜなら、戦争もコミュニケーションの一手段である。それまで静止的、分立的だった社会的諸集団間に経済的、政治的な交流が生じ、他集団の存在に対する積極的な意識と、みずからの集団についてのはっきりした自覚を生じながらも、これらの諸集団が全体としてまだうまく組織化されていない段階で、戦争はもっとも多く発生しやすい。…
(今のフランスの農村を訪ねて)森のむこうには、明るい、乾燥した、土と乾草の匂いに満ちた昼の世界があった。…
 麦畑を道にしたがって通りぬけると、突きあたりは村であった。せいぜい20~30戸から数十戸ていどの農家が、肩をよせあい額をあつめる感じで、ギュッと凝集的にまとまっている。それはいまもかわらぬヨーロッパの農村の姿である。もっともイギリスではわが国に似て、道に沿って両側に家が細長く散在することが多く、大陸の農村のように自己防衛的に身構えるコンパクトな形をとっていない。島国のゆえに、大陸のように異民族が通過したり掠奪したりする危険度が小さかったせいであろうか。
…貴族たる者はその名にふさわしく気高い態度を持し、貴族なるがゆえの責務をひとり背負わねばならぬ…
 貴族、支配者ないしエリートはつねに孤独である。…ヨーロッパ社会がその誕生以来、今日まで、あらゆる局面において戦闘的・軍隊的構成をとっているからである。最高司令官は、兵士となじみ同化することをゆるされず、ひとり身心の鍛錬にはげみ、ひとり勇気をもって決断し、命令し、そして、その結果についてひとり全体の責任を負わねばならない。…
…貴族は…その非凡性、卓越性、スーパーマン的性格が、貴族に誇りと孤独をあたえる。このような貴族の心は、近代に入って、個人の資質と努力により鋭い精神的緊張のうちにみずからの世界を切りひらいていった近代市民(ブルジョアジー)すなわち富裕な商人、産業資本家の心となり、そして現代は、政財界のトップ、指導者層をはじめ、大衆社会、組織的社会の各結節点に位置するエリートの心となって生きつづけている。…
 封建貴族は…究極的に孤独であった。…そしてこれら戦いあう者たちのあいだに生まれた戦場の倫理が、西欧の騎士道であり…それは、現代のブルジョアジー、現代のエリートにと受けつがれていくのである。
…ヨーロッパ人が他人から加えられた害をいつまでも忘れず恨むのは、たんにしつこいという体質的なものによるのではなく、みずからも日常的に他人に害を加えており、そしてみずからそれを悔いつつ生きているからである。すなわちヨーロッパ人は、「人はほんらい罪深いもの」という罪の意識をつねに心の奥深くいだいており、みずからの罪を忘れえないからこそ、相手の罪も忘れることはできず、「なかったことにする」あるいは「水に流す」ことはできないのだ。
 同国人のあいだでもことばつき、皮膚の色、身体の格好がさまざまなヨーロッパ人は、ことに近代の市民社会に入ってから心と心をかよわすことなく、たがいに本能的ともいえる個人的な闘争関係のなかに生きぬいてきた。自分の身体・生命・財産は、他人や国家・社会をたよらず自力でまもるという自力救済の原理は、今日なお、日常的な生活感覚として生きている。…
 しかしながら自己防衛の必要上からとはいえ、相手を政治的、社会的、経済的、あるいは学問的に攻撃し、傷つけ、ないしは殺すということは、けっして後味のよいものではなく、ヨーロッパ人はみずからの罪深さにわれとわが身をさいなむ。したがって彼は、相手にガンと一撃をくわせてから祈るのだ、
「神よ宥(ゆる)したまえ!」
(引用ここまで)

 いかがでしょうか。
 表題に「文明の根底には略奪文化がある」としたが、欧米列強は今日においても「略奪は正しい」、これが正統であるとする強い信念に基づいて世界各地で武力でもって紛争を巻き起こしていると言えよう。そして、自国が危機にさらされる(そう思い込む)となれば先制攻撃に打って出るのである。
 文明とは、なんともおぞましいばかりである。
 さて、日本人はこれからどう行動したらいいのだろうか。
 「お人好しがたちまちに打ちたおされ、生きるに値しない」状態に追いやられる、これに対する必死の抵抗が、負けることが分かっていて行った第2次世界大戦(大東亜戦争)であると言えよう。結果、通常なら敗戦によって「生きるに値しない」状態に置かれるところであったが、時同じくして東西冷戦の緊迫という神風が吹き、幸運にも事なきを得た。
 それがために、我々は、アメリカ人も日本人と同様に名実ともにお人好しであり、安心できるお仲間であると錯覚している。しかし、日本人は根っからのお人好しであるが、アメリカ人は、木村氏の言によれば、生きるための術としてお人好しを装っているだけのことであり、彼らは衣の下に鎧をしっかり着けているのである。だまされてはならぬ。
 これからの日本はどうなるのであろうか。
 アメリカは、依然として「略奪は正しい」という信念でもって実質的な日本の植民地化を図ろうとするであろう。米軍基地を沖縄以外にも全国各地に配置したままの状態で軍事的支配を続けるし、経済侵略はTPP協定で終らず、次々と新手の策をひねり出してくることであろう。
 ここへ来て、新たに中国も、ここは欧米よりえげつないものがありそうで、強い衝動でもって東シナ海、南シナ海の利権拡張に突き進むことは間違いない。
 戦後70年が経過し、再び「お人好しがたちまちに打ちたおされ、生きるに値しない」状態に追いやられる、そんな将来が垣間見られるようになってきた現在、もう、ノホホンとはしていられないと思うのだが、日本外交は旧態依然のやり方、というより積極的にアメリカの後押しをする方向に動いており、これでは危険極まりない。
 木村氏がおっしゃるように「冷たいことばによる対話によって平和共存の道を見いだそうとする」、その姿勢を貫き通す必要があろう。
 じゃあ、具体的にどうするかとなると、小生とて何ら策を提示できないが、他国の提案を受身的に反論しようと思っても、それは最初から負けである。大相撲のたちあいと一緒だ。
 よって、日本にとって利のある、先制攻撃的な提案をしっかり理論武装してから国連の場なり先進国会議の場なりに出して論議を戦わす以外に道はなかろう。
 日本の官僚は優秀である。その知能そして知恵は欧米先進国にひけをとらないであろう。官僚上がりの政治家もいっぱいいる。そうした輩が一致団結すれば欧米をギャフンと言わせる妙案が幾つも出てくるに違いないと思うのだが…。
 日本の、そして日本人の未来を思い、日本の平和そして子や孫のしあわせを願う、となれば、汗をかいて知恵を出さねばならないのは当然のことであり、欧米列強は絶えずそうしていることであろう。日本の官僚・政治家もぜひそうあってほしいものだ。
 これは、はかない夢か。
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昭和23年9月生まれの団塊世代人。    本名:三宅和豊              住所:岐阜県羽島郡岐南町三宅5-246  農家の長男として育ち、工業系の大学を卒業後、岐阜県庁に技術屋としてではなく事務屋として就職した変人。21年間県職員を勤めて、中途退職。父親が始めた薬屋稼業を平成6年に継いで今日に至る。平成12年頃から稼業の傍ら、母親の農業を手伝うなかで、百姓の魅力にとりつかれる。士農工商すべての身分を浅く広く何らかの形で経験していることが唯一のとりえである凡人。              著書は次のとおり。順次ブログアップ中。  随筆「ヤーコンの詩」(平成18年3月)   論文「食の進化論」(平成19年4月)   論文「新・学問のすすめ」(平成20年4月)論文「犬歯の退化」(平成22年9月)

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