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“国”意識が希薄な日本人

これは、アメーバブログに投稿済みのものですが、このブログに再掲することにします。

“国”意識が希薄な日本人

 2日前に「国旗、国歌に誇りを持てない日本人」と題して、ボヤキ記事を書きました。民族の団結の証しとして誇らしく掲げ、誇らしく歌うのが、国旗、国歌であるのですが、それを否定する輩が多いのが日本の特徴になっています。
 20日前(6月2日)に「橋下徹の従軍慰安婦発言から「歴史認識」を考える」と題して、次のとおり私見を書きました。
 国際標準の「歴史認識」は、「侵略は正しい」(現在においても)であり、これを否定する日本人は、“おひとよし”であり“平和ボケ”している。これは、諸外国と違い、日本列島は他民族の侵略を経験してこなかったことに原因している。
 こうしたことから、日本人には「“国”意識」というものが希薄になっていると思われます。

 ナショナリズムというものが果たしてあるのかどうか、です。ナショナリズムとは何か。ウィキペディアによれば次のように書かれています。
 アーネスト・ゲルナーは「政治的な単位と文化的あるいは民族的な単位を一致させようとする思想や運動」と定義しており、この定義が完全ではないが議論の出発点としてある程度のコンセンサスを得ている。
 和訳として、国家主義、国粋主義、民族主義、国民主義がある。
 小生思うに、ざっぱくに申せば、和訳の前の2つが右翼的で、後の2つが左翼的となりましょうが、左翼にあってはこれも否定されましょう。そこで、ナショナリズムを「“国”意識」としてみました。  

 これに関して、非常に興味深い外国人の言動がありますので、それを紹介したいと思います。13年前のことですが、2000年1月に聞いた講演です。講師はシンクタンク「東京財団」の会長、日下公人氏です。その要旨は次のとおり。

 世界の皆が、いずれ日本が世界一になると思っている。日本が諸外国に金を貸してやるから世界金融が成り立っている。日本が食糧を大量に買うから米国の農業の今がある。日本が石油を買ってやるから中近東は生きていける。だから日本は強い、と世界中がみな考える。
 「貸す方、買う方が強いと決まっているのに、日本はいつまで日本タタキに我慢しているんだ。ナショナリズムはとうとう爆発するのか。」と、国旗国歌法が制定(1999年8月)されたときに外国人記者から、わんさと質問が出た。
 それに対して「決して何もしない。それが日本人の道義です。」と返答したら、「日本はますます分からん国だ。記事にならん。」と、外国人記者は、みな理解に苦しんでいたが、これが、日本に対する世界の感覚だ。

 いかがでしょうか。日本人には「“国”意識」というものが完全に欠落しているとしか言いようがありません。そうであるからして、世界は日本に対して次のように行動します。
 日本列島という島々には、金がわんさと保管してある金庫があちこちに置いてあるし、金持ちがたくさん住んでいて何でも高く買ってくれ、こんな“おいしい”ところは世界中どこにもない。こことの個別取引でがっぽり儲けよう。そして、原発停止で天然ガスをたくさん欲しがっているから日本の電力会社へは他国よりうんと高い値段で売りつけよう。
 なんせ、あの島々は形式上国名が付いているだけで国の体を全然成していないのだから我々は自由に好き放題なことができるし、そこに住んでいる民も「“国”意識」を全然持っていないから誰も文句も言わない。

 冒頭で「侵略は正しい」と言いました。その昔は戦争で侵略した国のあらゆる財を略奪し、民を奴隷にし、女を玩具とし、また皆殺しにすることは全て正しかったのですが、時代の移り変わりとともに、他国を侵略することは良いが戦闘員しか殺してならないとなり、戦後においては“人道支援”という名目がなければ戦闘行為は許されないし、財の略奪もダメとなったりして、許される侵略の範囲は狭まってきています。もっとも、米国はテロリスト国家というレッテルを貼ることにより、正当化の幅を広げていますが。
 それよりも問題となるのは、グローバル社会となった今日、金融は実質上完全に国境がなくなり、物流においても国境は極めて低いものとなって、やがて金融と同じになってしまうことです。よって、金や物が激しく入り込んだりストップさせられたりします。
 こうした世界情勢の中で、新たな侵略とは「経済侵略」であり、「経済侵略は正しい」とされます。これに付随するのが尖閣問題でもありましょう。「眠っている経済資源は先に取った者に帰属する、どこが悪い。」といったところです。
 これらの「経済侵略」に立ち向かうには、やはり「“国”意識」を諸外国と同様に日本人もしっかり持たねば、日本は他国のいいようにされてしまうに違いありません。
 ところが、“おひとよし”で“平和ボケ”している日本人は、「経済侵略」さえ悪いこととして控えています。
 真に世界平和を願い、その模範を示すとばかり、ジャパニーズ・スタンダードでもって日本が“おひとよし”を続けていくことは、「国際標準」の「平和」から見れば、“自国の平和放棄”にしかならないと思うのですが、いかがなものでしょう。
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プロフィール

昭和23年9月生まれの団塊世代人。    本名:三宅和豊              住所:岐阜県羽島郡岐南町三宅5-246  農家の長男として育ち、工業系の大学を卒業後、岐阜県庁に技術屋としてではなく事務屋として就職した変人。21年間県職員を勤めて、中途退職。父親が始めた薬屋稼業を平成6年に継いで今日に至る。平成12年頃から稼業の傍ら、母親の農業を手伝うなかで、百姓の魅力にとりつかれる。士農工商すべての身分を浅く広く何らかの形で経験していることが唯一のとりえである凡人。              著書は次のとおり。順次ブログアップ中。  随筆「ヤーコンの詩」(平成18年3月)   論文「食の進化論」(平成19年4月)   論文「新・学問のすすめ」(平成20年4月)論文「犬歯の退化」(平成22年9月)

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