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第3章 Em宇宙モデル(第8節~最終13節)

(このページは「第1節~第7節」の続きです。)

8 コペルニクス的転回
 我々には、「3次元球面」というものを容易には想像できないが、それは、空間のゆがみが実体験できないからであり、「井の中の蛙」であるからである。
 これは、中世ヨーロッパの天文学者が、宇宙を「巨大なプラネタリウム」の形として捉えていたのと同じである。「地」が「球」であるなどと実体験することは不可能であったからである。
 従って、中世の科学者は、巨大な平面である「地」を宇宙の中心に置いて、太陽、月、5つの惑星、その他の位置を変えない星々が「地」を回っていると考えるしかなかった。
 その昔、2世紀にプトレマイオスが打ち立てた天動説が西欧では中世まで信じられていた。キリスト教の天地創造とよく整合するからである。でも、5つの惑星の動きがうまく説明できなかった。
 では、近世の天文学者は、どのようにして「井の中の蛙」から脱却したのであろうか。その経緯を見てみよう。
 中世の天文学者は、5つの惑星の観測を通して、その動きについて様々な説明を試みたが、その度に新たな矛盾が生じた。そうした中で、長期間にわたる詳細な観測により、ついには16世紀の終わりに、ティコ・ブラーエが、「地」は不動であるという1点を除いて、天体の運動をほぼ正しく解いた。それは、太陽の周りを5つの惑星が巡り、その太陽が平坦な「地」の回りを回っている、という何とも複雑怪奇な醜い形のものであったが、画期的なものであった。
 しかし、この説でも矛盾が出てくる惑星の動きがあった。ティコに先んずること数十年、すでに、コペルニクスが、太陽の周りを丸い地球が自転しながら5つの惑星とともに円運動している、という地動説を唱えていた。小生が思うに、ティコは、たぶんこの説を知っていたであろう。それを応用して、聖書から逸脱しない範囲で惑星の運行を示したと思えるのである。
 なぜならば、ティコの弟子であったケプラーは、いつ知ったか定かではないが、コペルニクスが唱えた地動説をよく知っていたからであり、ケプラーはティコにこの説を話したと思われる。
 なお、ケプラーは、後日、ティコの観測データを元にして、とうとう地球や惑星が太陽の周りを円運動ではなく、楕円運動しているという、ケプラーの第1法則を発見した。
 この発見は、ガリレオが望遠鏡を使って発見した木星の衛星の運行を発表した前の年のことである。その後、ガリレオは金星の満ち欠けの研究成果も発表した。そして、ガリレオは、これらを根拠にして地動説を唱えた。
 2人はドイツとイタリアと離れて活動していたが、随分と前から手紙で意見交換をし、協力し合って地動説が正しいことの証明に取り組んだようである。なお、ガリレオは、ケプラーが第1法則を発見する12年前に、地動説が正しいと確信している旨をケプラーに手紙で伝えている。
 このように、コペルニクスが唱えた地動説は、ケプラーやガリレオに大きな影響を与えたのであり、これは、さらに数十年後のニュートンの万有引力の法則の発見へと繋がっていき、近代自然科学の偉大な成果を生み出す原動力となった。
 コペルニクスの地動説において、「地」は平坦な大地ではなく、「球」であると考えたことは賞賛されることではあるものの、惑星の運行から必然的に帰着することであり、また、船が沖へ出て行くと船体が水平線に没していく現象などが知られていた時代であるから、思考という面からは、さほど重要性はない。

 ここで、思考という面で特筆すべき肝腎なことは、「天体が動いて見える」という現象は、「天空が動いているのではなく、地球が自転している」からであるという発想の大転換であり、ものの見方を180度すっかり変えたことにある。
 これを「コペルニクス的転回」と言うのであるが、この言葉を作ったのは、コペルニクスの2世紀後に登場したドイツの偉大な哲学者であり、自然科学者でもある、カントである。
 なお、コペルニクスのこの発想の転換は、彼の思考の帰結にしか過ぎないのであって、カントが言いたいのは、「人は、もの自体を認識することはできず、人の認識が現象を構成する。」との、彼が建てた認識論からの主張であり、自らの哲学を評した言葉として発せられたものである。
 カントの認識論を分かりやすく言えば、「人が何かを見たとしても、それは単にそのように見えるだけであって、そのもの自体の真の姿を見ているわけではない。」というものである。
 カントは、コペルニクスがそうした認識の持ち主であると思って「コペルニクス的転回」と言ったのであるが、残念ながら、当のご本人であるコペルニクスには、そのような認識はどれだけもなかったと思われるのが歴史上の事実である。
 なぜならば、コペルニクス自身が地動説を発見したのではないからである。彼が活動した時代からさかのぼること千数百年も前に、すでに発表されていた地動説を、彼は、単に「再登場」させたに過ぎない。
 コペルニクスがイタリアに留学していたときに、すでに紀元前3世紀にギリシャの天文学者アリスタルコスによって「地球は地軸を斜めにして自転する球体であり、月は地球の周りを回り、地球を含めた惑星が太陽の周りを回っている。」という地動説が発表されていたのを、彼は、ローマの図書館の蔵書の中から偶然に発見したに過ぎないからである。そして、彼は、天動説に基づく惑星運行の説明の弱点が、アリスタルコスの地動説の立場に立つと、非常にうまく説明できることを知ったのであった。
 コペルニクスが偉大なのは、地動説を発表しようとした勇気である。依頼された印刷屋もびびってしまい、印刷しようとしなかったというほどに、皆がキリスト教会を恐れていた。この時代は、また、その後においても、天文学はじめ自然科学は「神学」の中に位置づけられ、聖書から逸脱できなかったからである。
 コペルニクスは、当初それを恐れて、地動説の概論のみを著者名を伏せて、身近な研究者に配布しただけであるが、晩年には、ついに出版を決意した。しかし、宗教裁判に掛けられるのは必至であり、そこで、彼の身近にいた理解ある聖職者が、勝手に「これは天文計算のためのものであって、哲学信仰ではない。」との断り書きを序文に付け足して発刊され、ことなきを得たのである。
 実に見事な屁理屈である。先に多次元高等数学のところで触れたように、「<ない>けれども<ある>という論理を働かせることによって、何かが見えてきたら、<ある>という世界に別れを告げて、<ない>という世界で物を言う。」という論法である。つまり、大地は太陽を回る球ではないけれども、そのような球であると仮定して天文計算をすることによって、惑星の運行が明らかになったのであるが、実際には大地は動かない平面であることに変わりはないと主張するのである。これで、神学の範囲を逸脱しないのだ。

 それにしても、コペルニクスが発掘した蔵書を著した、その紀元前の科学者の何と頭脳明晰なことか。太陽系の天体の運行が「シンプルな美しい」形のものであることを、すでに知っていたのである。
 加えて、肉眼と簡単な分度器しかなかった紀元前の時代に、太陽系の天体の運行のみならず、太陽・地球・月の大きさとその距離まで、大きく違うことなく弾き出していたとは驚きである。
 でも、これは、アリスタルコス(BC310-230)の前に、哲学者であり、自然科学者でもあるプラトン(BC427-347)がいて、彼は「太陽が宇宙の中心である。」と考えていたし、また、「人の感覚は不完全であるがため、正しい認識に至ることはできない。」という、後のカントと同様な認識論の持ち主であった。そして、地球の大きさを実際に計算し、今日に通用するほどにほぼ正しい値を弾き出していたのは、その後のエラトステネス(BC275-195)であり、この間にギリシャには何人もの地動説学者がいたのである。
 こうした彼らこそ絶賛されるべきであり、天空が動いているのは当然であるなどという固定観念に縛られることなく、その時代に、すでに「コペルニクス的転回」という認識論的哲学の持ち主たちが大勢いたからこそ、偉大な発見がなされ得たのである。
 しかし、当時、ギリシャ哲学のある派からは、アリスタルコスは神への不敬の罪で裁かれるべきだと主張されたとの記録があるように、ギリシャの最高神であり天空の神でもあるゼウスの権威を失墜させることになる地動説は忌み嫌われた。
 なぜならば、ゼウスはじめオリンポス12神はオリンポス山の頂に住んでいると、多くの人に信じられていた時代である。地球が傾いて自転しながら太陽の周りを回っては、神々は太陽に振り回される哀れな存在に過ぎなくなってしまう。これでは困るのである。こうして、ギリシャでは地動説は皆から見放されていった。
 しかし、当時、力をつけ始めていたのが古代ローマである。ローマの学者たちがギリシャに学べと、あらゆる学術書を収集して大切にそれらを保存していたお陰で、それが千数百年にわたってローマの図書館で眠っておられたのである。それが幸いして、コペルニクスが蔵書を発見し得ただけのことである。
 このように、自然科学は面白い。それと同時に、古代の科学者の卓越した頭脳とその思考方法に驚かされるのである。我々は、そうした人たちをもっと高く評価すべきであり、尊敬の念を忘れてはならないのであり、そこから多くを学ばねばならないのである。

9 認識論欠如の近代科学
 ガリレオの時代に望遠鏡が発明され、彼は、木星の衛星の動きや金星の満ち欠けを観測し、地動説の根拠としたことを先に述べた。客観性を持った揺るがぬ証拠を機器が証明してくれたのである。
 現代に至っては、様々な研究を行う上で、非常に便利な各種の測定機器が次々と発明された。それが高度化し、測定機器には客観性があると思い込んでしまい、カントが言うところの「コペルニクス的転回」という認識論的哲学が軽んじられて、「機器が物自体を認識する」と考える風潮が強まり、今日の宇宙物理学者は、中世の科学者と同じ過ちに陥っていると言わざるを得ない。
 先に紹介したハッブルの法則、つまり「銀河の後退速度は、銀河までの距離に比例する」が、正にそうである。今日の宇宙物理学者は、地球が宇宙の中心に鎮座ましましていると思い込み、天動説と同じ錯覚に陥っている。
 だから、「宇宙は膨張しているように見える」とは言わないで、「宇宙は膨張している」などと、とんでもないことを言い出すのである。
 ここで、宇宙は膨張していると仮定しよう。宇宙には知るだけでも1万個もの銀河がある。宇宙のどこか、ある所が爆心点となって膨張した。その爆心点が我が銀河であるわけがない。確率的に、必ずやどれだけかの偏りがあるはずだ。爆心点の方向の、爆心点より向こう側の銀河は猛スピードで遠ざかり、爆心点のこちら側にある銀河が我が銀河から離れる速度は、それよりもゆっくりになる。
 物理学上の爆発というものはそういうものだ。つまり、後退速度にむらができるのである。こうしたむらが一切ないということは、わずかな確率で、わが銀河が爆心点にあったといえるのであるが、これを哲学的には「奇跡」と言う。
 「奇跡」は宗教用語であり、自然科学の辞書にはない。
 よって、「銀河は、地球から遠ざかっているのではなく、遠ざかっているように見えるだけであって、銀河の動きの現実の姿を示しているものではない。」というのが、正しい捉え方である。
 なお、この考え方に対して、爆発の仕方もいろいろあって、我が銀河の観察を通して知覚するような形で起きる爆発の仕方もあるという御仁もいるであろうが、それは、中世の天動説学者があれこれ屁理屈をこねて天動説にしがみついているのと同じことであり、このような説は完全に無視しても一切の問題は生じない。
 なぜならば、その考え方には「美しさ」の微塵も感じられないからである。

10 ハッブルの法則の認識論的解釈
 今までに何度も登場してきたハッブルの法則であるが、これは、光の「赤方偏移」という現象が観測されたことから生まれ出たものである。より遠い銀河ほど、より赤みを帯びて観測されることから、そう名づけられた。銀河の成り立ちからして、光を発するのはその銀河に所属する億という数の恒星であり、その銀河の光は、その銀河全体の恒星の光の集合であるから、どの銀河も同じ色でなければならない。しかし、遠方の銀河の光は「赤方偏移」している。
 なぜ、そのように観測されるのか。その説明として持ち出されたのが「ドップラー効果」である。誰もが経験していることであるが、サイレンを鳴らしながら走る救急車が近づき、目の前を通過した後は、急にサイレンが低音になって聞える。救急車がサイレンの音を変えたわけではない。遠ざかる音源から出る音波は、波長が「間延び」し、低音に聞えるだけである。
 これは「波」の特性であり、光についても理論的に当てはまる。超高速で離れていく物体が発する光の波長は「間延び」し、青色が黄色になり、黄色が赤色になるといった具合に、波長が長い赤い色のほうに移るのである。そして、銀河から発せられた光のスペクトルを調べることによって、「間延び」の程度が計算され、後退速度が求められるのである。
 こうした「赤方偏移」を早とちりして、遠い銀河は猛スピードで地球から離れており、宇宙は膨張していると断定したのであり、宇宙物理学者は皆、これを支持した。
 これは本当に正しいのであろうか。宇宙は「閉じた有限の空間」であるのだから、とてもそのようには思えない。もっと別な考え方をしてみるべきである。
 それでは、「遠くの銀河ほど、より速い速度で遠ざかっているように見える」のはなぜか、という疑問を解き明かそう。
 太陽系の謎を解くときに「天空の星々は静止している」と考えるのと同様に、宇宙の謎を解くときには、「銀河は静止している」と、いわゆる「コペルニクス的転回」の思考方法に立てばよいのである。
 「ドップラー効果」によって「赤方偏移」が起きるのは確かなことではあるが、「赤方偏移」が起きる原因は「ドップラー効果」だけに限定できないのもまた確かなことである。
 他にも原因がありそうだ。
 先に紹介したように、一般相対性理論を解くと「測地線」というものが出てくる。「測地線」は、宇宙において遠く離れた2点を最短距離で結ぶ線であるものの、到達するのに最も時間が長くかかる線であるという。狐につままれたようで、小生の理解を完全に超えるが、それは「空間にゆがみがある」からだと解説されている。
 何のことやらさっぱり見当がつかないが、ここでギブアップするわけにはいかない。あっ、そうそう、よく似たものが地球上にあるではないか。一定の曲率でもって曲がった2次元球面である地球の表面を見てみればよい。大海原を進んでいくには、「大圏航路」というものが便利である。日本から米国へ太平洋を渡っていくとき、真っ直ぐに東へ行っては遠回りになる。地図上でどれだけか北寄りに、カナダ辺りを目指した方角へ進むと最短距離で行ける。これを「大圏航路」という。地球上で2点間の距離がうんと遠くなると、真っ平な平面で考える感覚と、一定の曲率を持ったゆがんだ平面である地球表面の実際とは、まるで違ってしまう。地球儀を眺めてみれば一目瞭然である。
 そして、もう一つ面白い現象が起きることが分かる。それを説明しよう。北極点から、経度0度、180度、西経・東経各90度の4方向に紐を伸ばして北極点からの距離を測ってみることとする。まず、100mを一直線に伸ばそう。完全な直線として紐が伸ばされる。そして、伸ばした紐の4つの先端同士を紐で結べば、直角2等辺3角形が4つできる。直角と向き合う辺の長さは√2の百倍、約141mとなる。極めて正確な平面図形を描くことができる。
 さて、次に、紐を真っ直ぐに1万Km伸ばそう。赤道に到着する。厳密には違うが、メートル法を制定するとき、極点から赤道までの距離を1万Kmと定めたのであるから、これでよしとしよう。その紐は一直線とならず、4万Kmの円周を持つ円の4分の1の円弧となる。はっきりと曲がった曲線となる。
 同様にして紐結び作業を行うと、直角2等辺3角形は、似て非なる形になってしまう。どの角も直角になり、極点と向き合う辺の長さも1万Kmとなる。当然である。赤道の長さ4万Kmの4分の1であるからだ。どの角も直角で3辺の長さが等しい正3角形? 表現しようがない図形となるが、想像することは容易である。
 さらに紐を倍の2万Km真っ直ぐに伸ばしたらどうなるか。どの方向に伸ばした紐も皆、南極点に到達する。もはや3角形ではなくなる。2本の線で囲まれた、その頂点はそれぞれ直角の2辺図形となる。見事な変身振りである。地球という「2次元球面」の特質である「一定の曲率」が成せる美しい技である。
 さて、北極点から地球上で最も遠い南極点までの実際の距離は、どれだけであろうか。2次元の地球表面をなぞって進めば、今述べたとおり2万Kmであるが、3次元の球として考えれば、地軸の長さ約1.27Kmということになる。
 こう考えてくると、宇宙における「測地線」というものはどんなものかイメージが湧いてくる。アインシュタインは、「宇宙のある地点から出発して1方向に進んでいくと、宇宙を1周して出発点に戻ってしまう。」と言った。つまり、光は直線運動をするものの、遠い遠い宇宙を旅してくると、宇宙の一定の曲率のもとに少しずつ曲がって進んでくるのである。地球の表面に伸ばした紐のように、2点間の距離が長くなればなるほど曲がりが目立つようになるのである。これが「測地線」であり、その特徴は「到達するのに最も時間が長くかかる線」であるというのだから、光が「間延び」して観測されてしかるべきである。このように考えて差し支えなかろう。こうして、「赤方偏移」が起きる原因は、「ドップラー効果」によるものではなく、「空間にゆがみがある」ことによる「測地線効果」と考えてもよいのである。
 以上の見解は、ハッブルの法則に対して、突飛もない仮説のように思われるかもしれないが、類似した仮説がちゃんとある。
 それは、先に紹介したガモフの予言である。「宇宙の晴れ上がりのときに4千度の物体から発せられた光は、宇宙の膨張により、現在では、その光の波長が引き伸ばされて、絶対温度5~7度の物体から発せられた光と同質の波長になって宇宙に満ちているであろう。」と、ガモフは言ったのである。そして、ほぼ予言どおりの宇宙背景放射が発見され、宇宙物理科学者は皆、これを支持した。
 この仮説で重要なことは、「光の波長は間延びする」ということであり、宇宙背景放射という現象は「間延びした光」が電波として観測されるというものである。
 だったら、ハッブルの法則に対しても、同じような考え方に立つのが基本となり、遠方の銀河から届く光に対しても、まず認識論的に解釈するのが素直というものである。
 こうした見方を、誰一人として宇宙物理学者はとっていない。様々な現象を正しく認識するという、自然科学の最も基本的な取り組み方を是非とも重視してもらいたいものである。

 さて、ここからは小生の仮説となるが、光の波長が「間延び」することから、宇宙の大きさが求められるであろう。それを計算してみよう。
 地球の極点間の距離を応用して、半円の円弧の長さ2万Kmを地軸の長さ約1.27Kmで割ると、約1.57倍となり、地球から最も遠い宇宙の果てにある銀河から来る光は、約1.57倍に「間延び」して到着することになると考えてよいだろう。
 2次元球面から求められる倍率を3次元球面に適用するのは乱暴過ぎるとのご指摘もあろうが、宇宙という3次元球面は、一定の曲率のもとに綺麗なゆがみを持って美しく形づくられていると考えるのが素直であり、3次元球面を「球の球」と捉えれば、円弧の概念を導入しても何ら差し支えないと考えるのである。
 そして、1.57倍の「間延び」を元にして、ハッブルの法則から計算すれば、地球から最も遠い銀河は概ね100億光年となる。そうすると、現在観測されている最も遠い銀河よりも遠くにある銀河は存在しないということになる。
 ただし、いかに巨大な天体望遠鏡でもってしても、遠くの銀河の観測に十分な観測精度が得られず、今日でもハッブル定数がはっきりとは決められない。よって、100億光年という値は、極めて大雑把なものであり、最も遠い銀河は、その先数十億光年の彼方まで存在するかもしれない。
 何にしても、宇宙の大きさは案外小さいものになってしまった。小生の希望的観測では、2桁上の規模になろうかと思っていたのであるが、拍子抜けしてしまった。というのは、現在知られている銀河の数は約1万個であるから、3次元の1つの軸に並ぶ銀河の数はたったの2、30個程度になってしまうからである。
 銀河の数が1つの軸に1万個ぐらい並ぶと、綺麗な一定の曲率の元に「惚れ惚れするような美しい」3次元球面が形づくられと思うのであるが、残念ながら期待を裏切られた。
 ここは高望みを捨てて、「さりげない美しさ」で我慢するしかない。きっと、真理というものはそうしたものであろう。

11 アインシュタインの宇宙旅行
 何度も述べたが、地球は宇宙の中心ではない。同時に、地球から最も遠い銀河も宇宙の果てではない。それは、地球の北極点と南極点に相当する位置関係と類似する。
 地球上において、北極点を飛び立つた飛行機が真っ直ぐに飛び続ければ、どの方向に進んでも南極点1点に集合するように、宇宙においても、これは当てはまる。
 つまり、地球上のどこかの宇宙基地から、宇宙船が3次元の各方向、東西南北そして真上・真下の6方向へ、同時に真っ直ぐに発射され、そのまま飛び続けると、いつしか最果ての銀河に集合するに違いない。そして、そのまま飛び続ければ、皆、地球に戻ってくるのである。アインシュタインもそう言っており、これが宇宙の実像なのである。これも、空間のゆがみによる、ほぼ綺麗な一定の曲率が作り出す技である。
 再び、地球表面の地図を取り出そう。全世界を平面地図に落とし込むと、赤道から離れるに従って縮尺を大きくして表現せざるを得ない。そして極点は、実際には「点」であるが、横幅いっぱいの「線」で表現するしかない。地球表面はゆがんでいるが、平面地図にはゆがみがないから、そうなってしまう。これが、我々が一般に目にするメルカトル図法に基づく世界地図である。
 北極点を出発した飛行機は、実際には同一の「点」から出発するが、平面地図では、北極点という線上の、大きく離れたそれぞれの「点」から出発し、飛行機が実際の南極点に到着するまで、平面地図上では完全な平行運動をし、大きく離れたままである。
 地球を出発した宇宙船相互の位置関係を理解するには、このような地図を頭に置いて考えるしかなかろう。
 次に、地球から各宇宙船の位置関係を理解するには、国連旗に使われている正距方位図法の地図を想像するとよい。この地図は、北極点を地図の中央に「点」で表わした円盤で、中央の点から経度線を放射状に引き、円盤の縁を形取る「線」が南極点という「点」を表わす地図である。
 地球を出発した各宇宙船はどこまでも直線運動をし、どんどん離れていき、やがて最果ての銀河に到着する。正距方位図法の地図では、円盤状の縁に位置し、さらに宇宙船が進み続けると、180度反対側の円盤の縁に位置を変え、中央の点へ向かう形となる。これは、前にも述べたように、通常の世界地図の場合には、1つの国が右端と左端に分割して表示されてしまうのと同じ現象である。
 これを地球上から観察することとしよう。前提として、その宇宙船の発する識別灯の光は、銀河1個分が出す光の総量と同等以上の仮想のものとし、宇宙の最果ての銀河まで飛んでいっても地球から観測できるものとする。
 その宇宙船を北極点の真上に打ち上げたとする。地球から観測すると、その識別灯は北極星の近くに見え、だんだん暗くなるものの識別可能である。そして、最果ての銀河を通過すると、正反対の南十字星の近くにポッと光り始めることになる。
 ただし、これは正確な表現ではない。宇宙船の位置は確かにそのとおりであるが、識別灯は、南十字星の近くで光るとともに、それより少し暗く、引き続き北極星の直ぐ近くでも光り続けるのである。なぜならば、光は一直線にどこまでも飛び続けるからであり、それが空間のゆがみで少しずつ曲げられて宇宙を1周することも可能だからである。
 宇宙空間は、実際にはゆがみがあるのだけれども、我々にはゆがみのない3次元空間としてしか観測できないから、このような大変奇妙な見え方になってしまうのである。
 ここで、前に述べたことについて2つ補足する。
 一つは、第7節の終わりのほうで、全宇宙の地図を立体画像に写して、これを瞬間移動して眺めた場合の説明である。真後ろの最果ての銀河が忽然と消えて、前方にポッと現われると記したが、これは、今述べた宇宙船と同様に、位置関係を示したものであって、銀河の光がどのように観測されるかを言っているのではない。誤解のないように読み取っていただきたい。
 もう一つは、第10節の終わりのほうで、地球から最も遠い銀河は100億光年と言った。これが正しいと仮定しよう。そうすると、現実に観測されている銀河で最も遠いものは、一説に130億光年というから、これは正反対の方向の70億光年の銀河と同一のものを観測していることになるのである。今後さらに高感度な観測装置が開発されて、200億光年まで観測できるとなると、それは我が銀河を見ていることになるのである。

12 宇宙はレンマの論理の世界
 宇宙の姿が3次元球面であることを様々な角度から説明してきたが、その姿がどんなものか、ぼんやりと見えてきたことでしょう。ここで最も重要なことは、何度も繰り返すが、次のことであり、これだけは理解していただきたい。
 地球は、「宇宙の中心」でもあり「宇宙の果て」でもあるし、また、「宇宙の中心」でもなく「宇宙の果て」でもない。
 これぞ「レンマの論理」の最大の特徴である。「A」でもあり「非A」でもあるし、「A」でもなく「非A」でもない、とするのがそれである。これが宇宙の真の姿を言い表わしているのである。
 「レンマの論理」は仏教の得意とするところである。仏教のどこかの経典に、真の宇宙の姿が謳われていないか探してみた。
 あった、あった、華厳経の中にそれはあったのである。もっとも、3世紀に生まれた華厳経であるから、銀河の存在を知るよしもなく、宇宙論を語っているわけではないが、華厳経は、「もの」という存在一般について、その在り方の根源を謳っているのである。
 銀河も「もの」そのものであるから、「レンマの論理」に従って、宇宙の姿を思考して何ら差し支えない。
 小生には、華厳経はあまりにも難しくてお手上げである。でも、この世の中には、有り難いことに小生が知りたいと思うところだけを引っ張り出して分かりやすく解説した本があったのである。先に紹介した中沢新一氏の著書「対称性人類学」の中にそれはあったのであり、そこからの抜粋を示す。少々難解な所があるが、そうした所は飛ばし飛ばし読んでいただいてよい。(以下引用)

 ……『華厳経』……そこではまず、……ものには自性(そのものとしての本質)はない、という認識から出発します。ものものを区別し、分離する非対称的な意識の働きを止めて、そこに対称性の思考を働かせるとき、高度な哲学的思考の試練をへている仏教は、それをたんに「同質的である」というのではなく、もっと哲学的に「自性はない」と表現するわけです。
 そのうえで、あらめて今度はものには自性はないけれども、しかしものとものとのあいだには区別がある、ということを言い出すのです。対称性の論理を作動させた直後に、非対称性の論理を動かして、このふたつを同時に稼働させようとしているわけです。ここから『華厳経』は、いったいどのような思考を引き出してこようというのでしょうか?
 輝く個体性
 これについて、井筒俊彦の書いた素晴らしい文章があります。文章に付けられた図版といっしょに、思考の醍醐味を味わっていただきたいと思います。

 全てのものが無「自性」で、それら相互の間には「自性」的差異がないのに、しかもそれらが個々別々であるということは、すべてのものが全体的関連においてのみ存在しているということ。つまり、存在は相互関連性そのものなのです。根源的に無「自性」である一切の事物の存在は、相互関連的でしかあり得ない。関連あるいは関係といっても、たんにAとBとの関係というような個別間の関係のことではありません。すべてがすべてと関連し合う、そういう全体的関連性の網が先ずあって、その関係的全体構造のなかで、はじめてAはAであり、BはBであり、AとBとは個別に関係し合うということが起るのです。
      宇宙7
 「自性」のないAが、それだけで、独立してAであることはできません。それはBでもCでも同様です。「自性」をもたぬものは、例えばAであるとか、Bであるとかいうような固定性をもっていない。ただ、かぎりなく遊動し流動していく存在エネルギーの錯綜する方向性があるだけのこと。……第一次的には、無数の存在エネルギーの遊動的方向線が現われて、そこに複雑な相互関係の網が成立することだったのです(井筒俊彦「事実無礙・理理無礙」『著作集9』中央公論社)

 この文章には、『華厳経』に展開されている思考において、流動的知性=対称的無意識のしめす世界の認識(ものには「自性」がない)と、その流動的知性のとらえる世界の全体性のなかで、ものの個体性が生み出されてくる様子をとらえる非対称性の意識が働きだすプロセスが、じつに正確に言い当てられています。ここには、じつに高度なバイロジックが働いています。
……全体的関連のなかではじめて個体性は発生可能なのです。そのとき、すべてのものが、流動的知性だけが「見る」ことのできる存在エネルギーの渦巻く「空」の海のなかで、個体としての存在を輝かすことになります。(引用ここまで)

 少々難解な文章の連続であるが、井筒俊彦氏の文章をもう一度読み、図版を眺めていただきたい。地球の属する我が銀河が、1万以上の他の銀河全てと相互関連的に存在し、その関係を図示すれば、我が銀河がAであり、宇宙の中心のように見える。また、我が銀河から最も遠く離れた銀河Kが存在し、これも宇宙の中心のように見える。銀河Aと銀河Kは、地球の北極点と南極点の位置関係のように見えてくるではないか。
 さらに、他の銀河、図ではAやK以外の点にある銀河から他の銀河に実線や破線を引けば、その銀河が宇宙の中心のように見えてくるではないか。
 その世界は、我々が通常認識する、ゆがみのない3次元の空間ではなく、中沢新一氏が言う「流動的知性だけが見ることのできる存在エネルギーの渦巻く<空>」なのである。
 どうでしょう。あなたの脳の中に、流動的知性が少しは湧く出してきたでしょうか。もう一度、図版を眺めてトレーニング……
 いまいち理解に苦しむようなら、上の図に引かれたAやKからのびた実線や破線を伸び縮みするゴム紐と考え、AやK以外の銀河からもゴム紐をのばしてやれば、AやKからのびたゴム紐の何本もが、関連して伸びたり縮んだりして釣り合いを保とうとする。
 そして、AとKが宇宙において絶対的な位置関係にあるのではなく、他の銀河から見れば、その位置関係は皆、異なったものとなってくる。これが空間のゆがみに相当するものである。
 井筒敏彦氏による華厳経の解説による宇宙と、小生が地球表面の特性から割り出した宇宙が一致し、これぞ真理であると確信するに至ったのである。

13 宇宙は斥力がなくても潰れない
 この「空」なる宇宙は、様々な疑問を解消してくれる。その中で特筆すべきことは、銀河同士が引力によって互いに引き合って一塊になってしまうのではないかという問題を解決してくれる。
 第2節でこの問題に触れたが、これは、井筒俊彦氏の図版で解消する。互いに引力を働かせて引き合っているものの、決して一塊になることはないことがよく理解できる。いまいち理解に苦しむ方のために、「斥力」という架空の力を持ち出さなくても、引力だけで釣り合ってしまうことを図解して説明しよう。
   宇宙8
 1つ1つの円は、全て同一の全宇宙を示し、Aは我が銀河、Kは最果ての銀河を示す。どちらの銀河も、宇宙の中心であり果てでもあり、また、宇宙は閉じた空間として繋がりがあることから、同一の全宇宙を重複させて連続表示することとした。
 つまり、一番左の円はAが認識する全宇宙であり、次の円はKが認識する全宇宙である。なお、宇宙はどこまでも真っ直ぐに進むことができ、X-X’はその進路を意味している。ただし、真っ直ぐに進んだつもりでも、それはループになっているから、A-Aで宇宙を1周してきたことを示す。
 この図から、AとKの2つの銀河に引力がどのように働いているかが見て取れよう。Aには両側からKの引力が均等に働き、Kも両側からAの引力が均等に働いている。2つの銀河が、お互いの引力で引き合って一塊になってしまうのでなく、安定した、釣り合った状態を保っていることが理解できよう。さらに、A-AやK-Kの間に、つまり、自分でも自分に、両側から均等に引力を働かせ、より安定性を保とうとすることも分かる。これは、X-X’がA-K間の引力線に相当するからである。
 さらに、AとKの間にB銀河が入り、C銀河が入りと、銀河の数を増やしていき、どんなふうに引力が働くかを想像してみればよいのである。参考までに、4つの銀河について下に図示した。
   宇宙
 複雑になり過ぎて分かりにくくなったが、4つの銀河の相互関連性がより複雑に、つまり、より密接になっていくのを感じ取っていただければよい。なお、この図は、ある1方向のみの引力線を示しただけであり、現実の宇宙空間は3次元であるから、実際の引力線は四方八方、上下左右とあらゆる方向に出ており、全ての銀河同士が深い相互関連性を持つことになるのである。
 なお、こうした銀河の相互関連性から、宇宙が膨張することは決して有り得ない。宇宙を膨張させるためには、引力によって成り立っている安定した相互関連性を一様に全て崩壊させる必要があり、そのためには、あるときに全宇宙に斥力を働かさせねばならない。これができ得るのは神しかいない。しかし、そのように気紛れを起こすような神は、第3節で述べたとおり、この宇宙には存在しない。
 こうして、万有引力に基づく銀河の相互関連性は、無限の時間にわたり、絶対の安定性を保ち続ける。なぜならば、万有引力が働く物質として、絶対に安定しているからである。

 最後に、アインシュタインは、宇宙が「一定不変」であることを直感認識により知っていたにもかかわらず、なぜ、小生が思いついたような宇宙像にたどり着けなかったのか。それを考えてみよう。
 彼は、宇宙の大きさは、質量の総量で決まることを知っていた。総質量が大きいほど、その引力によって空間のゆがみが大きくなり、閉じた宇宙の体積は小さくなるのである。そこで、宇宙には、ガス(水素原子など)が薄く均一に充満していると考えた。そう考えたのは、先ほど紹介したように、宇宙に銀河が数多く存在するということが全く分からなかった時代であったからである。
 そして、太陽のような恒星は、例外的な存在(ユダヤ教的発想では思いがけない存在)であるから、これを無視してよく、質量の大半をガスが占めていると想像し、ガス、唯一それだけ(これもユダヤ教的発想)で、宇宙を語り得ると考えたようである。
 この考え方は決して間違っていない。物事を純粋化、単純化しないことには新たな発見はないのだから、これで正解である。
 さて、ガスはどのような運動をしているか。ガスは、自由奔放に飛び回り、ガス同士がぶつかっても互いに向きと速度を変えるだけであり、衝突エネルギーは発生しない。これが「ブラウン運動」から発見された分子の運動であり、アインシュタインの初期の研究と密接な関わりがある。
 特殊相対性理論をはじめ、1905年に相次いで発表した研究論文の1つがこれであり、ブラウン運動から水の分子の大きさを推定した画期的なもので、これが分子の存在を証明することに繋がったのである。そして、アインシュタインは、この論文で博士号が得られ、大学教職者の資格が得られたのであり、彼自身にとっては、特別に価値のある研究成果として位置づけられたことであろう。
 そこで、宇宙空間に存在する希薄なガスの運動に注目したとき、ガスは、引力によって濃厚な塊へと成長すると考えるよりも、拡散して均質化すると考えるほうが素直である。
 宇宙に存在する物質をこのように捉えると、ガスの総質量による総合的な引力により、空間のゆがみが一定の曲率として計算されるであろうものの、宇宙に存在する個々の物質(ガス)の在り方を考えるに当たっては、引力の作用を無視することができる。
 こうした観点に立って、アインシュタインは「一定不変」の宇宙モデルを作り上げたのではなかろうか。

 前々節までの宇宙観は、アインシュタインの宇宙モデルを、小生なりに解説してきたのであるが、前節からは全く異なる。
 小生は、宇宙の物質の存在を、アインシュタインとは正反対に、ガスは例外的な存在であるから、これを無視してよく、恒星の集まりである銀河だけで宇宙は語り得ると考えたのである。
 アインシュタインには、宇宙には銀河がたくさんあるということは想定外のことであり、銀河の相互関連性を考えることなど夢にも思いようがなかったのである。ここを異にする。
 彼が宇宙モデルを発表した後、宇宙には銀河が幾つもあることが分かりかけてきて、さらに、1929年にハッブルの法則が発表され、遠方の銀河が物凄い速さで遠ざかりつつあり、宇宙は膨張していると主張されるに至った。
 そして、ついに宇宙の膨張は動かしがたい事実とされてしまい、「一定不変」の宇宙を主張していたアインシュタインは窮地に立たされたのであるが、彼はここで踏ん張ることなく、あっさりと自説を取り下げ、白旗をあげてしまったのである。
 この窮地に際して、彼はどうして宇宙に存在する物質の見方を変えなかったのであろうか。ガス体で宇宙を語るのではなく、銀河の集合体として宇宙を語るべきであると。そのように考え方を改めておれば、アインシュタインであれば、必ずや銀河の相互関連性というものに気づいて、宇宙の構造を解き明かせたであろう。
 銀河1つ1つに強大な引力があるから空間はゆがめられるのであり、これは一般相対性理論の根本であるから、宇宙は閉じた空間であってよいのである。また、宇宙の構成物質の主なものが、ガスから銀河になっただけであり、宇宙の総質量は十分に閉じた空間を保ち得るという、当初の考えを捨てる理由はどこにもない。
 加えて、彼は数学にも長けていたのであるから、ポアンカレ予想の3次元球面がどのようなものであるかも当然に認識していたのであり、それが証明されていなかった時代であっても、宇宙の姿は3次元球面以外に取り得ないことも知っていたはずである。
 その3次元球面に銀河を散りばめてやれば、先に小生が示した図のA-KやK-K'の関係が、彼の脳裏に湧いてきて、引力だけで見事に釣り合うことが容易に分かろうというのに。

 ここのところが小生には全くもって分からない。歳か? アインシュタインは、このとき50歳であった。彼は、その10年ほど前から、幾人かが示した今までとは違った一般相対性理論の解の正誤についての論争や、その後のライフ・ワークとなった「統一場理論」に関しても量子物理学上の論争に明け暮れており、あれやこれやで確かに疲れていたではあろう。
 一例として、ボーアとの有名な論争について紹介しよう。アインシュタイン曰く。「電子の位置や速度が確率でしか表わせないなんておかしい。確率などという考え方でごまかすのは間違っている。神はサイコロを振って電子の位置を決めたりはしないのだ。」と言い、この考えを彼は終生持ち続け、そのために、量子物理学の主流から外れていったのでもある。なお、ここでアインシュタインが言う神は、汎神論の神であり、「いわゆる神という超自然的ではないところの、大自然や宇宙、あるいは、それらの全ての仕組みを支配する法則、つまり、真理と同義語の神」である。
 このように、アインシュタインは、長年の激しい論争と孤立化によって、くたびれ果てていたと思われるのであるが、しかし、投げ出すとは何事ぞ、である。科学者としての良心にもとるものである。
 当時、すでに歴史上まれに見る偉大な科学者として崇められ、絶大なる権威者とされてしまっていた御仁が、「一定不変」の宇宙モデルが間違いであるなどど、あっさり兜を脱いでしまったら、その先どうなるか分かろうものに。
 「一定不変」の宇宙モデルは、この世から抹殺され、未来永劫、二度と姿を現わすことができなくなってしまうのである。現に、そうなってしまった。アインシュタインには、少なくともガリレオと同じように、こう言って欲しかった。
 「それでも宇宙は一定不変である。」と。

(つづき) → 第4章 宇宙の歴史
 
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昭和23年9月生まれの団塊世代人。    本名:三宅和豊              住所:岐阜県羽島郡岐南町三宅5-246  農家の長男として育ち、工業系の大学を卒業後、岐阜県庁に技術屋としてではなく事務屋として就職した変人。21年間県職員を勤めて、中途退職。父親が始めた薬屋稼業を平成6年に継いで今日に至る。平成12年頃から稼業の傍ら、母親の農業を手伝うなかで、百姓の魅力にとりつかれる。士農工商すべての身分を浅く広く何らかの形で経験していることが唯一のとりえである凡人。              著書は次のとおり。順次ブログアップ中。  随筆「ヤーコンの詩」(平成18年3月)   論文「食の進化論」(平成19年4月)   論文「新・学問のすすめ」(平成20年4月)論文「犬歯の退化」(平成22年9月)

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